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戀する痛み 23

美影ちゃんはボクのそんな心境なんか、当然わからないから、いつものようにバカみたいに笑って、能天気にキャーキャー騒いでいる。 「ってか、なんで電気つけてないの?暗いじゃん」 そう言って美影ちゃんはドアの真横にあるスイッチを操作して、部屋の電気を点ける。 一気に視界が明るくなったせいで暗闇に馴染んでいた瞳が、軽い痛みにも似た眩しさを感じて、ボクは思わずぎゅっと目を瞑っていた。 そんなボクを見て美影ちゃんはベットに近づいて、ボクの横に座る。左隣のベットが一瞬深く沈んだのを感じて、美影ちゃんがそこに座ったことがわかった。 「眩しかった?大丈夫?」 美影ちゃんはいつものように優しい声で、ボクを心配してくれて、そっとボクの前髪をかきあげる。 その手に、温もりにイラっときてしまって、ボクは思わずその手を叩いてしまっていた。 パシっ・・・・・・・・・! 軽い音を立てて、それでもその音にびっくりして、ボクも美影ちゃんも目を見開いてお互いを見つめていた。 至近距離で真っ直ぐに、お互いを見つめて。 見つめて。 美影ちゃんの丸くて大きな瞳が、更に大きく見開かれて、何度も何度も瞬きを繰り返す。 長くてふさふさの睫毛が、バッサバッサと音を立てそうな勢いで、瞬きを繰り返す。 紅を掃いていないのに紅くてぷっくりとした艶やかな唇が、何かを言いた気に強ばったように動いて。 元々白い綺麗な肌が更に血の気を失っていくから、まるで人形のように透き通った、生気のない美しいものに見えて。 それを見たボクは、思わず思いっきり顔をしかめてしまっていた。 「ほんとに・・・ずるいよね」 言おうとも思っていなかった言葉が、口をついて出ていた。 何が何だかわからないといった感じで、美影ちゃんは黒曜の瞳を揺らす。 ボクが言ってることがわからないというその表情が、とってもキュートで、更にイライラした。 「美影ちゃんはさ・・・目も大きくてキラキラしてて、口唇も紅くてツヤツヤだし、肌もキメ細かくて滑らかで綺麗で、声も高くて透き通ってて」 「薫・・・・・・?」 「いつも笑顔で明るくて可愛くて、腕も指も全部華奢(きゃしゃ)で白くて細くて、性格は明るくてみんなに好かれて頼られて」 「薫っ?」 「それなのに、双子なのに、ボクはこんな性格で。暗くて人見知りで引っ込み思案でコミュニケーション能力ゼロで。美影ちゃんと同じ顔のはずなのに陰気で暗くてぶさいくで。そんなボクを見て愉しかった?愉しかったよね?自分の双子の弟が底辺でのたうちまわってて、それを見て笑って優越感に浸って」 「ちが・・・違う・・・」 「全部美影ちゃんのせいだからね」 空気が固まった。 お互いを、同じ顔をした、同じ遺伝子を持った相手を見つめたまま。 よく見たらそっくりな相手を、自分自身だと誤認してしまうくらい、そっくりな相手をお互いに見つめ続けた。 見た目がそっくりなのに、ボクが持っていないものを全部持っている存在が目の前にある。 吐き気がするほど、気持ちが悪い。 美影ちゃんがいなかったら、全部ボクのものだったのに。 そんなボク達の間を、冷たい空気がするりと抜けて、去っていった。 全部が凍った。 「ボクがこんな性格になったのは美影ちゃんのせいだよ。なんでもかんでも口出してきて、邪魔してきて、ボクがやりたかったこと全部ぶっつぶしてくれたよね?昔ボクが好きになった人にしたこと、忘れてないよね?ボクのこと好きにならないように裏で色々やってくれたよね?ああ、そんなことは小学生の時の話しだから、もういいんだけどね。美影ちゃんはさ、ボクのこと自分の奴隷としか思ってないでしょ。いつもいつも嫌だって言ってるのに、着せ替え人形させて、GPS入れて監視して、ボクがどこにいるのか誰と何をしているのか、全部全部監視して。ねえ楽しい?それ楽しいの?なんでそんなにボクに執着するの?ボクが好きなの?は?きょうだいなのに?家族なのに?双子なのに?ボクが好きなの?」 「違う・・・」 「違くないでしょ。じゃあ何だってここまでボクに執着するの?おかしいでしょ。彼氏に執着するならまだしも双子の弟になんで?気持ち悪いんだよ」 美影ちゃんが更に目を見開いて、どんどん血の気が引いていくのが見えた。 黒曜の瞳には、絶望が満ち満ちている。 その絶望の瞳に、みるみる透明な美しい涙が溢れて、溢れて。 真っ白な頬を伝って落ちていった。 その涙が、美しさが。 憎くて堪らなかった。 「ずっと言いたかった。・・・・・・・・・・・・お前気持ち悪いよ」 「・・・・・・っ!!!!」 「彼氏も作らないでボクに執着して。だいたいさ。ずるいんだよ。何でお前が女なのに、ボクが男なの?双子なの?おかしいだろ?お前のその性格だったら男でいいだろ?なんでボクが男なの?なんでお前は子供が産めるのに、ボクは産めないの?なんでたったそれだけのことで責められなきゃいけないの?なんでボクだけが諦めなきゃいけないの?子供が産めない体だってだけで、なんでボクは好きな人を諦めなきゃいけないの?なんで子供が産めるってだけでお前が優位に立ってるの?そのドヤ顔やめろよ。ぶさいく。キモイんだよ。ずるいよ。双子なのに、美影ちゃんは産めるもんね。ボクは絶対に産めないのに、美影ちゃんは産めるんだよね。ずるいよ。ほんとにずるい。彼氏いないんだからさ、その子宮と卵巣ちょうだいよ。それがあればボクは悠貴さんの『家族』を作れるの。だからちょうだいよ。子供が産めるってだけで。それだけで。たったそれだけのことが、たったそれだけのことが」 全部壊された。 「かお・・・る・・・」 「ボクの全部を殺した」 全部壊したい。 「かおる・・・」 「嫌い。大嫌い。みんな嫌い。悠貴さんも。美影ちゃんも。お父さんもお母さんも魅華(みか)ちゃんも。みんな嫌い。大嫌い。大嫌い・・・大嫌い!大っ嫌い!!大っ嫌い!!!」 ボクはあほみたいに涙を流している美影ちゃんの腕をつかんで、ドアに向かって引きずって歩いた。 抵抗する力もなくしている美影ちゃんを引きずって、ドアの外に放り出して。 「薫・・・ごめんなさ・・・薫・・・かおる・・・」 廊下に座り込んで、這いつくばってボクを見上げて、号泣している美影ちゃん。 そんな状態でも、美影ちゃんは綺麗だった。 メイクも落ちまくってパンダ目だし、鼻水も流れ放題だし、とてもじゃないけど人に見せられるもんじゃない。 でも、それでも、美影ちゃんは綺麗だ。とても美しい。 ボクとは大違い。 ボクとは正反対。 どこまでもどこまでも、コンプレックスを突いてくる存在。 ボクなんかいらないんだって、思う。 ボクは美影ちゃんの影で、おまけで、いてもいなくてもいい。 ただの双子(スペア) ボクは言いたくもない言葉を。 叫んでいた。 「・・・・・・大っ嫌い!!!!みんなボクのことなんかいらないじゃん。ボクはいつまでも、どこまでも、美影ちゃんの代わりで。ただのスペアで。ボクなんか誰も求めてないし好きじゃない。美影ちゃんがいればそれでいいんだよ」 「かおるぅ・・・ちがう・・・それは絶対違うぅ・・・」 「何が違うの?昔っからそうだったよ。みんな・・・美影ちゃんが好きで、ボクのことなんか見てないよ。でもね別にそれでも良かったんだ。悠貴さんがいてくれたから。悠貴さんがボクを見てくれたから。だからもう、それだけで良かったのに。・・・子供が産めない、たったそれだけでダメになった。子宮と卵巣と卵子と膣がない。それだけで、たったそれだけで。ボクはダメなんだ。・・・・・・大っ嫌い!!!みんな嫌い!!」 「かおるぅ!!」 「ボクなんか大っっっ嫌いっっ!!!!!!」 ドアを強く締める。バタン!!と大きな音を立ててドアを締めて、目から涙が溢れるままに泣いて。 そのままズルズルと、ドアによりかかったまま座り込んだ。 「うううぅぅ・・・・・・かおるぅ・・・うううあああっ・・・ごめ・・・ごめんなさ・・・かおるぅぅ・・・うああああああああああ」 ドアの向こうで美影ちゃんが   気が狂ったように泣いているのが、聞こえてくる。 その美しい声を聞きながら。 ボクも気狂(きちが)いのように。 泣き続けた。

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