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戀する痛み 27

悠貴は少しびっくりしてしまって、慌てて薫の隣に座って、薫を安心させようと背中に手を当てて支えながら、落ち着いた声色で話しかけた。 「薫・・・今までちゃんと話せなくてごめん。薫が不安に思うのもしょうがない。オレがちゃんと説明しなかったから、薫を不安にさせたし、いらない心配させた。本当にごめん」 「・・・・・・・・・・・・っ!」 薫は悠貴の言葉にただただ頭を振って答えた。 そうじゃない。そういうことじゃないんです。貴方が悪いんじゃない。悪いのは。 ボクなんです。 この戀を始めた、ボクが、悪いんです。 なかなか声に出せない、その想いを、薫は伝え続けた。 でもそれは伝わらなくて、悠貴から見たら薫がただただ遠慮している、薫は優しいから自分が悪いと自分を責めているようにしか見えていなかった。 そんな風に思ってしまった悠貴は、薫の華奢な白い手をそっと握りしめて、薫が落ち着くように優しく話しかけ続けた。 「お見合いは親父に強引にさせられただけだ。オレはあの人と結婚するつもりはない。オレが好きなのは、オレが愛してるのは薫だけだ。信じて欲しい」 その言葉は、悠貴の本心だった。 嘘偽りのない真実だった。 この戀を、始めてしまったのは自分。 始めてはいけなかったのに。 ボクのせいで、悠貴さんは人生を狂わせてしまった。 ボクが告白しなければ、ボクが病院まで追いかけなければ、ボクがあの日貴方の講義を見なければ、ボクがあの大学に行かなければ、ボクが・・・ボクが・・・生まれていなければ。 貴方の人生を捻じ曲げることにはならなかったのに。 失敗、した。 失敗、した。 失敗、した。 失敗、した。 失敗、した。 失敗、した。 失敗、した。 失敗、した。 悠貴は泣いている薫を安心させたくて、落ち着かせたくて言った言葉だった。 でも、それが、薫を追い詰めて、踏み躙って、壊してしまった。 薫が顔を歪めて、口唇が変に横に広がって笑う形をとって、眉根が寄せられて大きな瞳が伏せられて、その瞳から大粒の涙が溢れてきたのを見て、悠貴は畳みかけるように言った。 「親父にはちゃんと断りの連絡をするし、あの人にも結婚する意思はないときちんと伝える。薫が不安に思うことはない。薫は今まで通り、オレの側にいて笑ってくれればそれでいい」 語りかけるような悠貴の言葉に、薫は愕然(がくぜん)とする。 『笑ってくれればそれいい』って、どういう意味? ただただ笑ってればいいの? じゃあボクは怒ったり泣いたり、悔しいとか、悲しいとか、そういうのを感じてはいけないの? そんなの。 ただの『お人形』じゃん。 そんなの。 『ボク』じゃないよ。 ボクは本当のボクは、嘘だってつくし、嫉妬だってするし、怒って泣いて八つ当たりしてめちゃくちゃに暴れたりする。 大切な人を傷つけたし、後悔して謝って、それでも贖罪(しょくざい)の気持ちは残ったまま、平然として顔をしている。 そんな嘘つきで高慢で、エゴイストで傲慢(ごうまん)などうしようもない人間。 悠貴さん。 貴方は。 本当に、『ボク』を『花織薫』を好きなの? 本当にボクを、見てくれているの? それとも、『貴方の言うことをきく子』が好きなの? そんな風に思いたくない。 そんなわけないと、否定したい。 悠貴さんはちゃんとボクを見てくれている。 ボクを好きでいてくれている。 そう思ってるし、わかってくれていると、思いたい。 ねぇ、悠貴さん。お願いだから。お願いだから。 ボクを好きでいて。ボクを見て。 縋るような気持ちで、薫は大きな瞳を開いて、悠貴を見つめていた。 その瞳の縁に溜まった涙を見ながら、悠貴は薫の手を強く握りしめて、力強く囁き続けた。 「薫、オレを信じて。オレが好きなのは、愛してるのは薫だけだ。これは絶対に変わらないから。だから、ちゃんと精算するから、だから、泣かないで・・・」 「・・・・・・っ・・・・・・」 泣いているの?ボクは・・・泣いていたのか・・・。 薫は自分でも気づかないうちに涙が溢れていることに、悠貴の言葉で気づいた。 そんなつもりはなかったのに、勝手に涙が伝っていることに、薫はいらっとして。 手の甲で涙をグイっと拭って、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。 大丈夫。落ち着いた・・・ちゃんと、話ししなきゃ。 薫は悠貴の大きな手を握り返して。 ぎゅぅぅっと強く握って。 そっと、その手を放した。 「っ悠貴さんっ・・・あのね・・・」 「うん?なに?」 悠貴は薫が何を言うつもりなのかはわからなかったが、それでも、今までの自分の言葉に対する答えだと思っていた。 だから 「あの・・・ね・・・もう・・・お別れしましょう」 薫の言葉に思考が停止した。 え?いまなんて言った?え? 薫は、涙をいっぱい流しながらそれでも気丈に顔を上げると、悠貴の硬直している顔をきちんと見つめて、言うことができた。 一方で。 その言葉を悠貴は受け入れることができないでいた。 そんな言葉が出てくるなんて、思ってもいなかった。 薫が言った言葉の意味が、いまいちわからないでいた。 「え?今なんて言った?」 反射的に悠貴の唇からそんな言葉が出た。 心の底から、わからないという、素直な気持ちだった。 悠貴の大きく見開かれた瞳と、何かを言いた気な口唇が動くのを、封じる。 「別れてください・・・ボクと、別れて、あの人と結婚して、ください」 「え?は?・・・なんで・・・?」 薫が何を言っているのが悠貴は全く理解していなかった。 薫が自分と別れたがる理由も、あの人と結婚して欲しいと言う理由も、薫の涙の理由も、笑顔のわけも、何もわからなかった。 ただただ、薫が、自分と離れたいと思っている、その事実だけが。 のしかかる。 悠貴は混乱している脳みそで一生懸命考えて、無理やり気持ちを落ち着かせて、冷静になろうとしていた。 「薫・・・待って。何を言ってるか、ちゃんとわかってる?」 「もちろん、わかってます。悠貴さんは、あの人と結婚したほうがいいです。・・・・・・ボクじゃ、ダメなの」 「いや、なんで?ごめん、オレがわかってない。ちゃんと、説明してくれ」 悠貴はひたすら薫が言いたいこと、薫の気持ちを考えて、考えながら、色々な可能性を考えながら話していた。 薫が急に別れ話しなんか言い出す理由なんか、父親になにかされたのか、あの女性とのお見合いのことしか、考えが及ばないから。 きっとその話しになるから、悠貴は一瞬で反論する言葉を脳に生み出して蓄えていた。 けれども、そんな言葉は何の役にも立たなかった。 薫の口から出てきた言葉が、あまりにも想定外だったから。

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