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第1話

「この貝はなんだ? きらきら、きらきら、している」  うららかな陽の射す、光り溢れる春の庭。  七歳の志乃(しの)は、内側を金箔で貼られ美しい緋牡丹が描かれている二枚貝の、扇形の上半分を手のひらにのせ、目を丸くしてしげしげと眺める。 とても手のこんだ高価な細工物のようだ。  年上の目元の涼しげな少年が、腰をかがめ、志乃の小さな手の中を覗きこむ。 「これは昨年亡くなったおばあ様の、お嫁入り道具だったんです。貝覆い、という昔の遊び道具で、貝絵というんですよ」 「かいえ?」  志乃が小首を傾げると、少年は着物の袂から貝絵をもう一つ取り出した。それには純白の牡丹が描かれている。 「志乃様が持ってる貝絵と、俺が持ってる貝絵は、もともと一つの貝でした。たくさんの貝絵の中から対になる相手を探すのが、貝覆いという遊びなんです。どの貝の形も似ているけど、半分同士がぴったり合わさるのはこの世に一対しかない。ほら」  少年は自分の貝絵を志乃の貝絵と重ね合わせる。するとそれは、寸分の隙間もずれもなく合わせ目の一致した、一つの貝になった。 「赤い牡丹のほうを志乃様に差し上げます」  改めて差し出された貝絵を受け取ったものの、志乃は少しだけためらう。 「でもそれだと、半分になってしまうぞ」 「だから、あげるんです。この半分ずつを持っていれば、貝は一つになりたくて相手を呼んでくれますよ、きっと」 「……そうか! 身体が半分しかなかったら、嫌だものな!」  納得してこっくりうなずくと、志乃は緋牡丹の貝絵を両手でしっかり包みこんだ。 「じゃあこれが、お前を呼ぶのか」  宝物ができた嬉しさにはずんだ声で言うと、穏やかな笑みが返ってくる。 「はい。だからもしも、なにかの事情でしばらく会えなくても、我慢してください。きっとまたお会いできますから、大切に持っていてくださいね」  少年の手が、さらさらと志乃の髪を撫でた。  優しい声と優しい手に、志乃はうっとりと目を閉じる。  ざあっと吹き抜けていく風は、甘い花の香りがした。  二人だけの、秘密の宝物。  半身の貝殻が自らの半身を求めて呼ぶ。貝絵が一対になろうとするから、絶対に会えなくなったりすることはない。  陽射しを通して橙色の瞼の裏に、くるくると白い牡丹と赤い牡丹が舞った。

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