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第4話

――ずっと、待っている。ここで。この場所で。  薫は、強く心に思いながら、男の背中を見つめた。すると、ふいに、男は立ち止まって、薫を振り返った。 ――ずっと、待っている。ここで。この場所で。あなたを、ずっと、待っている。  薫は万感の想いを込めて、男を見つめた。胸が震えるような、この想いが伝わればいい。それだけを願った。すると。  男は晴れやかに笑い、力強く頷いた。そして、また明日、とでも言うように、片手を上げて子供のように薫に向かって振った。それから大通りに向かって走って行った。  薫はいつまでも立ち尽くしていた。いつまでも、その強い想いを、繰り返し心の中で叫んだ。薫は気づかなかった。両親が離婚したあの日以来、一度も流したことのない涙が、頬に溢れていることを。  やはり急に薬を止めることなどできない。それはあの男もわかっていることだろう。この種の薬の中には、突然止めると副作用が出て危ないものもある。それに長い間飲んでいたこともあり、依存症にもなりかけていた。けれど、まめに通院することを心がけ、主治医と相談しながら、なるべく薬を止められるよう努力している。カウンセリングにも足を運ぶようになり、少しずつではあるが、話すことができるようになり、それによって気づくこともあり、心の整理や考え方を変える工夫もできるようになってきた。まだまだ道のりは長いが、それくらいでちょうどいい。待つ時間は、どんなに短くても、焦がれている者にとっては、長く感じるものだ。  ある日、いつものように溜まった新聞をぱらぱらとめくっていると、男の名前を見つけた。だが内容は見ないまま、古紙として処分してしまった。文字など、必要ない。今度、また会った時に、男から聞かされるかもしれない。その時に聞けばいいのだ。彼の言葉だけを信じればいい。  窓の外は、雨。  ジャズの旋律を口ずさみながら、薫はカウンターから、眺める。  それは冷たく哀しいものではなく、これからは温かで、やさしい風景になるのだろう、と、薫は思った。 ――「Perfection through silence」

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