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第1話 テーブルトーク

【誤字】 ところどころ3点リーダーが罫線になっています涙 そのうち修正いたします汗 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ どういう経緯(ワケ)か、ある秋の日曜日。俺は胡座をかいて、段ボールでこしらえた四角い小さな台を見下ろしていた。記号や平仮名が書かれた紙も敷いてある。名前は忘れたが小学生の時に流行った儀式の再現だ。台を挟んだ向かい側には後輩の烏丸がいる。この台と紙を用意した男だ。鬼太郎をそのまま大学生にしたような風貌で、今も栗色の長い前髪から右目だけをキョロキョロさせている。コイツは後輩と言っても同じ学部でもサークルでもなく、一年違いで大学寮へ入寮してきた下級生だ。何かしらの縁があったのか、部屋が隣同士になったので、なにくれと面倒をみてやっている。いや、正直に言うと“みてやっていた”だ。烏丸は半年前まで高校生だったとは想像がつかないほどの落ち着いたヤツで、常に一歩先を見ているような余裕がある。誰かから先にちょっとした未来予想を教えてもらっているような、そんな余裕だ。だから何かとまごまごしてしまう俺が、先輩面をしていられたのは数週間だけだった。それなのに今も烏丸は先輩先輩と声をかけてきては、俺の一歩後ろについてくる。見張られているだとかそういう負の威圧感は全く無い。俺にはひと回り以上年の離れた弟がいるが、その幼い瞳と同じ好感色を向けてくれている。もう一人弟が増えたような感覚だ。今日も今日とてバイトもレポートもない貴重な休みに、二人で同じ部屋にいる必要は無いのに、朝から一緒に暇を持て余していたのだった。 「じゃ、始めますよ? いいですか?」  先輩? と烏丸は上目遣いで小首を傾げた。俺はコイツからすでに何度も言われた注意事項を指折りしつつ復唱する。やや面倒臭いがそうでもしないと、コイツがまた一から注意喚起を始めそうだったからだ。 「一つ、途中で手を離さない。二つ、怒らせない。三つ、同じ質問は聞かない。四つ、最後に必ずお礼を言う。五つ、紙は四十八枚に破く。六つ、十円玉は三日以内に遣う」  「守って下さいね? 特に先輩は途中で手を引っ込めたりしそうだから」  心配です――と烏丸は十円玉を自分の唇にあてがって眉をひそめる。そして「絶対ですよ」と更に目を細めた。 「何があっても十円を放さないで下さいね?」 「そんなに不安なら止めるか?」 「あっ、いえいえ。やりますやります。やりましょう」  十円玉が置かれ、台がコトリと乾いた音を立てる。硬貨の縁からハートマークがはみ出している。細かなルールどころか儀式名さえうろ覚えだった俺でも、そこには違和感を覚えた。 「ん? 出入り口は鳥居じゃなかったか?」 「 いえ。そっちは危険だからやりません」  烏丸は十円玉の半分を人差し指で占有 する。 「先輩はそそっかしくて、すぐ怒らせるかもしれないから」  クスクス楽しそうに笑い声をこぼすと、烏丸は空いた方の手で台の安定感を調節した。底面の三カ所を適当な棒で支えただけのこの台は、兎にも角にもアンバランスだ。 「これじゃ勝手に動いて当たり前じゃないのか?」 「そうですね。でも、それを確かめようって話じゃありませんでしたか?」 「う〜ん」  俺は言葉に詰まった。事の始まりは簡単な思い出話だった。各々携帯をいじったりしてゴロゴロしていたところへ、ふいに烏丸が昔流行った遊びの話を切り出してきたのだ。皆で十円玉に指を置き、あやしげなモノを呼び寄せ、質問に答えさせるというアレだ。俺はそんなもの信じなかったから一度も参加しなかった。信じなかったからであって、怖かったわけじゃない。絶対、絶対、絶対に怖かったからじゃない。  あれは子どもの集団催眠に違いないと言ったら、烏丸のヤツはニッコリ笑って「じゃ、大人の俺達二人で確かめてみましょうよ」と返してきたのだった。今思えば烏丸の暇潰しに上手く乗せられただけに思う。俺は適当にサッサと終わらせる腹で、十円玉の残り半分の部分に人差し指を置いた。うっかり触れた烏丸の指先は、妙に生暖かくてじっとりしている。態度は平常通りひょうひょうとしてるが、コイツなりに興奮しているのだろうか? 「はい。では――せ~の」  俺は烏丸と声を重ねて、呼びかけの儀式を始める。 「エンジェルさん、エンジェルさん」 寮の住所を含めた決まり文句を唱えて第一関門をなんなく終えると、部屋は妙に静まり返った。烏丸が真っ先に質問を放つ。 「お越しいただいておりましたら何かしてみせて下さい」 「ははは。何も起こるわけな――っ⁉︎」  どこかでチリンと鈴の音が鳴り、俺は硬直した。左右を見て、天井を見て、最後に手元を見た。そんな俺の姿に烏丸はニヤニヤ笑う。 「やだなァ先輩。風鈴がたまたま鳴ったんですよ」  俺はカーテンレールへ視線を投げた。季節外れの風鈴が埃にまみれてぶら下がっている。 「そ、そうだな。まぁなんだ、鈴みたいな涼しい音はやっぱり夏に聞かないとな。余計に寒いだけだな」  えっ? と烏丸は瞬(まばた)きをした。 「 鈴みたいな涼しい音?」 「あぁ。硝子叩いたようなチリンだったろ?」 「硝子的なチリン――でしたか?」  ふ~ん? そうでしたかと烏丸は鼻頭をかき、ぎょろりと黒目だけを斜め上に動かした。俺も何となしにもう一度カーテンレールへ目をやった。そのせいで気づいてしまった。友人から岩手土産にもらった風鈴は鉄製だ。しかも今さっき鳴ったはずなのに、風鈴から垂れた短冊は静止したままだ。そもそも今日は窓を開けていないんだった……。 「か、烏丸」 「はい」 「もう一回同じ質問してみろ。偶然かどうか確認したい」 「ダメですよ。同じ質問は禁止だって言ったじゃないですか。さっ、次は先輩の番ですよ」  俺は生唾を飲んだ。もし、もし、もしだ。もし俺の質問でこの十円玉が動いたら――俺はこのまま座っていられるのだろうか? 「な、何を聞けばいいのか。急には思いつかないな。あはは――はは――」  烏丸は俺の乾いた笑いに、そうですねと微笑んだだけで全く動じない。俺は適当な質問をする事にした。 「あ~――あなたは今、俺の隣にいますかぁ? なんてな!――ってぇぇえええ⁉︎」  ツイッと十円玉が動いた。透明な指が横から押してきた感触だった。誰かに指を持っていかれたと認識した途端、指先から肘、肩、首へと筋が硬直する。勝手に動いて驚いたが、その移動先が“YES”だった事に愕然とした。 「隣に誰かい――る? 」  俺と烏丸と――その誰かとで台を囲んでいるのか? そう思うとゾッと寒気(さむけ)が走り、俺は顔を烏丸へ向けた。目が会うと、烏丸はププッと吹き出した。 「ビックリしました? 今のはね、俺が動かしたんですよ」 「なっ!?」  烏丸おまえぇえ!? と焦った俺に、烏丸はイタズラっぽく笑った。 「すみません。だって先輩の驚く顔が見たかったから」 「いいか? 次やったらもうピーマン食ってやらないからな。食べ残して寮母さんに叱られるがいい」 「おぉ怖っ。呪いより怖っ」  烏丸は肩をすくめてみせた。俺達は本当に大学生なのかと思うアホな会話になってしまったが、俺が唯一知る烏丸の弱点がそれしかないんだから仕方ない。俺は気を取り直して、十円玉を台に押し付けるように指へ力を入れた。お ぉそうだ、俺のターンになったら烏丸を驚くような質問をしてやろう。何が良いかな? 思わず指をズリ落としてしまいそうな質問にしてやるか━━━━。 「えっと。俺は―― 先輩とキスできますか?」 「ふへぇっ!?」  俺が指をズリ落としそうになった。  「そ、そ、そんなもんは俺の自由意志によるだろ? エンジェルさんにはどうこう出来ないはずだぞっ」 「そうかなぁ? 出来る……みたいですよ?」 「はいっ⁉︎」  俺は視線を落とした。今度は記号欄の○に向かって、じりじりと十円玉が押されている。 「いやいやいやいやっ。どうせまたお前の仕業だろ? 驚かしっこはなしだぞ」 「あれ? 俺はてっきり先輩が動かしてるのかと。次は俺が烏丸を驚かせてやんよとか思ってたでしょ?」 語尾は違うがその通りだ。 「くそっ。次は俺のターンだな。ほんとの本気で驚かせてやるからな。て――んっ? んん⁉︎」  質問をしようとした刹那、十円玉はまるで糸で引っ張られたかのように水平に動き出した。アイススケートのごとく表の上を縦横無尽に滑って、俺の指を振り落とさんばかりだ。 「おいっ烏丸ぁ! お前いい加減に――烏丸?」  烏丸は震えていた。真っ青な顔をして唯ひたすらに、勝手気ままに紙上をなぞる十円玉を目で追っていた。再び烏丸に血の気が戻ったのは、十円玉がハートマークの上で停止した時だった。 俺はというと、その間ずっと烏丸の眼震だけを見つめていた。烏丸がどうにかなってしまうんじゃないかと、不安で中腰になっていた。長い時間に感じたが、実際は数秒の出来事だったようだ。烏丸は台へ「ありがとうございました」と呟くと、ゆっくりと視線をあげて俺と目を合わせた。 「おかえりになられました」 「はっ?」   烏丸は少し思案顔をみせたがすぐにいつもの平坦な態度に戻って、けれどどこか楽しそうな含みを持たせて、事の次第を告げた。 「先輩がエンジェルさんのお力を信じなかったから。怒って」 「はい!?」  信じなかった? 俺が? どこで? あぁ、キス云々か?  「それに先輩」  俺の烏丸への気遣いなどどこ吹く風で、わざわざ嫌な事を指摘してきた。 「お礼言ってないのに、指放しちゃいましたね」  「うっ」  言われてみれば、俺はいつの間にか硬貨から指を外していた。あれだけ釘をさされていたのに関わらずだ。俺はくねくねさせていた人差し指をピンと立てた。 「ちょっと待て 」 両手の指を使ってハートを作ってみせる。 「怒るとかそんな事にならないように、こっちにしたんだろう⁉︎」 「う〜ん」   俺の指ハートを見つめながら、そうでしたよねぇと呑気に首を傾げる烏丸。俺の焦燥感は増すばかりだ。 「それに最後のアレ。何か言ってたんじゃないのか? お前見てたんだろ?」 「見てましたけど――」  イエスとノーでまかないきれない場合の為に、表には平仮名があるのだ。烏丸は十円玉のあの軌跡が今もう一度見えてるかのように、五十音の群れを一通り眺めて呟いた。 「今日中に俺とキスしないと、二人とも呪うそうです」 「今日中⁉︎」  指ハートを割った俺に、烏丸は十円玉を押しつけてきた。ついでに紙も押しつけてきた。先輩は怖くないんでしょう? と微笑んで。 「怖くないっ。怖くないぞ呪いなんて! 呪いは呪われたと思ったら負けだって、何処かの高槻准教授が格好良く言ってたからな!」 「じゃあ何にもしないでこのまま過ごすんですか? 日付けが替わった後も?」 「当たり前だ」  俺はあえて大袈裟に紙をビリビリに破き散らし、大きな動作で十円玉を財布に押し込んだ。紙の破片の数なんて知った事ではないし、十円玉も元からある小銭に紛れた。紙吹雪を数枚頭に乗せたまま、烏丸は小芝居がかった甘え声でにじり寄る。 「先輩ぃ。キスはいいんで? せめて今夜はこのまま一緒に寝かせて下さいよぉ。俺は怖いんで? ていうか俺まで呪われるなんて、先輩のせいですよぉ 「そ、そ、そうだな俺のせいだな。い、いいぞ。お、おおお前が怖いって言うなら? 仕方ないからな、うん」  そんなワケで、このまま一緒に休日を過ごし、夜は烏丸と布団を並べる約束になった。俺は思った、真夜中の寝静まった頃に――烏丸に――し、してやるかと。お、俺は呪いなんて、ここここ怖くないぞ? でもアレだ、俺のせいで烏丸が呪われるのは可哀想だろ? 「じゃ、俺布団とってきますね」 「お、おぅ」  烏丸は立ち上がると素早く廊下へ出て行った。そう、その動きはあまりにも素早くて、烏丸のポケットの中で鳴った硝子的な鈴の音に気がつかなかったのだった。    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  【参考文献および引用元】    澤村御影 著 『准教授高槻彰良の推察』    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  《コメント》  #こまちゅ の満天兄の学生時代の話なので、スマホではなく携帯電話にしました。兄はきっとiモードでケータイ小説読んでたんだぜ。  

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