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第3話

   ※   ※   ※  その世界が壊れたのは、三か月ほど前、三月の始めだ。当時はまだ高校二年生で、定期試験の答案返却日だった。  いつも通りの帰り道だが、その日の雅人はどうも浮かない顔をしていた。 「なあ、ちょっといい?」  駅のホームで話し出した声はいつになく陰鬱だった。  俺は驚いて雅人を見あげた。  テストが終わって解放感にひたっている俺に、雅人は真剣な顔で告げた。 「ごめん、これからはもう一緒に通学もできないし、帰れない。三年から、特進コースの朝学習に参加することにしたし、帰りは図書館で勉強していくことにしたんだ。夜は塾の自習室も利用する」 「どしたん、急に。理系の学部って入る前からそんなに大変なの?」  俺が驚いてききかえすと、雅人は一度ため息をついてから低い声で言った。 「俺ね、外部受験することにしたんだよ」 「え……?」  俺は内部推薦で系列の大学に進学することになっていた。きちんと内申点さえとっていれば、11月には結果が出る。当然雅人もそうなるのだと思い込んでいたのだ。  ぽかんとしている俺に、雅人は昨年の夏、外部の大学のオープン講座を受講したときのことを話しだした。夏休みのオープンキャンパスの催し物だった。それは、とても興味深い授業で、どうしてもその教授のいる大学に進みたいと思った、と雅人は情熱的に語った。 「生物の生命発生学の教授で……電子顕微鏡でマウスの受精卵を見せてもらって……」  俺には未知の世界のことを、目を輝かせて語る雅人。その様子を、まるで知らない人を見るような気持ちでみつめていた。  俺は雅人がずっと前から真剣に進路のことを考えていたことに、はっとさせられた。  俺はまだ、漠然としか考えていなかったからだ。  文系科目が得意だから経済学部でいいかな、とか。経営とかマーケティングも面白そうだな、なんてそんなノリだった。  就職なんてまだまだ先の事――いや、先の事だと決めつけて、真剣に考えることから逃げていたのかもしれない。  でも、雅人は。 「そっか。受験生になるんだ」  そりゃ、俺とたわむれてる場合じゃないよな。帰り道、ファストフード店に寄り道したり、ゲームセンターで大きなぬいぐるみとったり、コンビニで新商品試したり……なんてしてる場合じゃないよな。  公園で、流行りの曲を真似して踊って、「これ次の体育祭の応援合戦に使えるんじゃね?」なんてはしゃいだり……。思い返すと、俺は今までバカやるのに雅人をつきあわせてきたんだな、と反省した。  そして思い知った。  俺たちもう別々の道を行く時が来たんだな、と。

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