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第14話 肯定と否定
来賓への挨拶、主宰としてのあちこちへの顔出し……いままで、社交の場に出ることのなかったルーウェは、いきなりその中心に放り込まれたので、戸惑うばかりだった。ただ、幸いなのが、今回は結婚の披露ということで、常にアーセールと一緒に行動出来ることだった。
「まあ、閣下、ご結婚おめでとうございます。殿下におかれましてもおめでとうございます」
にこやかに語りかけてくる方々に、作り笑いを浮かべて対応する。おかげで、宴が始まってからまだ四半刻も経っていないというのに、すでに、顔は引きつっている。
「これは、公爵殿下と夫人。わざわざ、足をお運び頂きましてありがとうございます」
「あなたは、今までどんな縁談も断っていらしたでしょ? それが。あの謁見の間での大告白ですもの……、わたくしも、驚いてしまいましたわ」
「アーセールに、縁談があったのですか?」
ルーウェは、驚いて公爵夫人に問いかける。
「ええ。それはもう! 救国の将軍閣下ですもの。あちこちから。国外の王女様なんてご縁談の噂もありましたよ。それをお断りしていたのが、まさか、第八王子殿下を長年恋い慕っておいでだったからだなんて……今、国中で、お二人の恋物語は、語り継がれておりましてよ」
「国中……?」
「ええ。救国の将軍が、長年第八王子をお慕いしていたという内容で、あちこちの劇団が芝居に掛けておりましてよ。……来月には、歌劇が上映されると聞いておりますから、わたくしも参らなければと……」
「ぞ、存じ上げませんでした……そのようなことになっているとは……」
「ああ、本当に、堅物で浮いた話の一つもないあなただったので、本当に、心配していたのですけれど……心に決めた方がおいでだったからなのね。もう、ちゃんと言ってくださったら、釣書をお持ちしなかったのに」
公爵夫人は怒りながらも、嬉しそうだ。ルーウェは、それを、少しうらやましく思う。ルーウェに縁談を持ってくる物は皆無だった。
(いや……)
唯一あったのは、武器商人の老婆へ嫁ぐことで、実質上、性的な奉仕をするために売られるというものだった。第二王子は、武器を欲しているということだろう。
「けれど、お二人が仲睦まじいようで、わたくしは安心致しましたわ。……閣下、殿下、末永くお幸せにお過ごしくださいましね」
「はい、ありがとうございます」
「ああ、そうだ。もし、ご養子など、お考えでしたら、わたくしが仲立ち致しましてよ」
「しばらく、二人きりで暮らしたいので、いずれ」
アーセールが苦笑交じりに返答すると、公爵夫人は「まあ、まあっ!! まあっ、仲がよろしいことで……」と一人で盛り上がっている。
「それでは」と公爵夫人の前を辞してから、そっと、アーセールが耳打ちする。
「あの方は、悪気はないんだ」
「……沢山の縁談を持ってきてくださった親身な方でしょう?」
「まあ、そうなんだが……その分、噂高い方でもあるね。悪い方ではないのだけれど」
その微妙な言い回しを聞いて、ルーウェは、きっと、アーセールは、あの公爵夫人が苦手なのだろうなと推測する。
縁談の話は、本当のようだった。確かに国を救った将軍であれば、皇帝陛下の覚えもめでたい。貴族の三男坊という立場であっても、出世を見込むことは出来る。だが、アーセールは、その姫君たちを断っていた。
それが、ルーウェを長い間慕っていたと言うこととは一致しないだろうが、
(もし、今の公爵夫人が言うように、ずっと、アーセールが私のことを慕ってくれていたなら……)
それなら、嬉しい。今は、あの公爵夫人の言うことを真に受けておくことにした。
他の人が見たら、この婚姻はどう見えるのだろう、とルーウェは周りに笑顔を振りまきながら、そんなことを考える。
唐突に、褒賞として、かねてより恋い慕っていた第八王子を所望して成立した、世紀の大ロマンス。
「私なら、子を成せない王子より所領を所望しましたがね」などという人もいた。
「でも褒賞としてでもなければ、将軍が殿下をお迎えすることはできませんでしたわ。将軍は、ずっとこのために戦っていらしたのよ」などと夢見がちな言葉をうっとりと言う令嬢もいた。
アーセールはそのどちらの言葉も否定しなかった。そしてルーウェも曖昧な笑みを浮かべて否定も肯定もしなかった。
不自然な大恋愛。世間が夢見るそれは、少なくとも、嘘だが、それをアーセールは否定しない。それを信じさせていたほうが都合が良いからだ。ルーウェとしても、世間がそう思っていてくれる方がありがたい。望まれてここにいるということを、みんなが信じてくれれば、アーセールの傍にいることも出来るような気がした。
(嘘ばかりの、歪んだ関係……)
そう思いつつ、アーセールと指を絡めながらあちこちへ挨拶をする。心を殺して生きるのは慣れている。だから、こうして仲の良いふりをするのも問題ない。実際、一緒に馬を駆ったり、休んだりはしている。愛情を伴ったものではないが、仲は良いのだ。だが、ルーウェの気持ちが落ち着かないだけで。
「ルーウェ」
背後から声を掛けられて、ルーウェは振り返る。ルーウェの名を呼ぶものは限られている。アーセールと、その他は……。
「皇太子殿下!?」
慌ててルーウェとアーセールは礼をとる。
「楽に」
皇太子は軽く手を上げて、二人に礼を許した。
「皇帝陛下とご一緒かと思いました」
皇帝は遅れて来ることになっている。だから、皇帝陛下と一緒に、遅れて来ると思っていた。
「陛下だけであればご一緒するつもりだったが……あれらと一緒に来るのは気詰まりで」
皇太子は微苦笑して、飲み物を傾ける。淡い薔薇色をした軽い口当たりの酒だ。
「お知らせくださいましたら、支度をいたしましたのに……」
「いや、他の招待客と一緒で構わないからね。陛下が到着なさる前には引き上げようと思っていたことだし」
皇帝陛下が、皇太子ではなく第二王子を引き連れて臣邸行幸などすれば、皇帝陛下と皇太子の間に溝があると、言っているようなものだ。無理をしても、皇帝陛下と同行すべきだったのではないか、とルーウェは胸騒ぎがする。
「ルーウェ。いままで、私は、お前の住む館に近づくことも出来なかったのだ。それゆえ、力になることが出来ずにすまなかった。だが……安心した」
皇太子は柔らかく微笑む。
「将軍は、お前に夢中のようだね。多少、将軍とは面識があるけど、こんなに柔らかい表情の将軍をみたことはないよ。
ルーウェ、いままで辛いことがたくさんあった分、しあわせになるんだよ?」
優しく、皇太子がルーウェの頭を撫でる。暖かい感触に、胸の奥がじんわりと熱くなって、鼻の奥がつん、と痛む。
「殿下。何があろうと、ルーウェを守ると誓います」
「ありがとう。……お祝いの品は、目録を見て全部受け取りなさい。遠慮はしないでおくれよ」
わざわざ遠慮するな、というのだから、相当な祝いの品を用意したに違いない。
「あ、ありがとうございます、皇太子殿下」
「では、私はこのあたりで」
飲み物を飲み干して、手近なものに空いたグラスを渡してから、皇太子は鮮やかに踵を返した。
「あなたと直接話したくて、この時間に来てくださったのですね」
「そう、かもしれません」
血の繋がった人の中に、優しくしてくれる人が、一人でもいたことが、ルーウェにはありがたかった。
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