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第43話 時間稼ぎと拝命
「……やっと、気がついたか」
声をかけられて、アーセールは、状況を理解した。手足は縛られている。周りは暗い。少々光が漏れているのは、扉の隙間だろう。埃っぽいので、おそらく、どこかの倉庫か何かに、閉じ込められている。
黒服の男たちに囲まれて、爆発に巻き込まれて……さらわれたのだろう。
(皇太子殿下も、俺も、とりあえず、命は取られなかった。それだけは感謝すべきなんだろうな)
だが、用済みになったら殺すつもりだろう。
(用途……)
は、一つしかないだろう。
玉璽。
彼らが求めているのは、それだけだ。この黒服の男たちが、第二王子の差し金だとしたら。
「なんで、あなたまで捕まってるんですか」
「あの時、私が動かなければ、お前は爆発に巻き込まれて死んでいた」
「いや、アレのありかが知りたくて生け捕りにするつもりで来てるんでしょうから、そりゃないですよ! 死人に口なしですよ。それともなんですか、死霊術士でもいるんですかね、王室には」
イライラして、つい、ぞんざいに口答えすると、「なにをやってるんだ、うるさいぞ」と見張りの男が怒鳴りつけてきた。口喧嘩を気にして灯りをつけた。これは、思わぬ幸運だった。部屋を見渡すことが出来る。見張りは、三人。手負いでも、なんとかなる。
「無礼者。……貴様が声を掛けて良いような方ではない」
アーセールが男に言い放つ。しかし、男は、ハンッと鼻で笑っただけだった。
「どうせ、いまから死ぬんだから、関係ないね」
「今現在は、この国の皇太子殿下だ」
「……一刻後には、肉の塊だよ……さーて、おとなしく吐いて貰おうか」
男が近付いてくる。さて、どうしたものか。思案し始めたアーセールだったが、「ちょっと良いか」と皇太子が男に問いかけた。
「なんだい? 命乞いか?」
「……とりあえず、現状は把握した。お前たちが何かを探しているのも解った。そして、私にそれを聞きたいのだな。それで、返答がどうでも、私の運命は、一刻後には、肉塊ということだな?」
「まあ、そういうことだな」
男は、にやにやと笑っている。残酷な笑みだった。獲物をいたぶるのを、楽しみにしているのだろう。
「で、あれば、質問には素直に答えるから、ちょっと、時間をくれ。私は、死ぬ前に、この男に文句を言いたい」
「はあ?」
男の間の抜けた返答は、当然だろう。
「なんで? そいつは、あんたの仲間なんだろう?」
「……弟の伴侶だ。私は、目の中に入れても痛くないほど溺愛中の弟と、私の愛人をこいつに託したんだ。なのに、こいつは、それをほったらかしにして、あげく、弟と離婚の危機だと言っているんだ、理由を問い詰めて、百回土下座させなければ気が済まない」
皇太子殿下の声は、真剣だった。アーセールは「いや、いま、そういう場面ですかね」と頭痛を覚える。
「……私は、今のままでは死んでも死に切れない。そこの男。私達の事は縛ったままで良いから、なんとか頼む。私はとにかく、腹が立っているんだ」
「はあ、まあ、いいか。本当に、ちゃんと、応えてくれるんだろうな」
「ああ、私の要求を呑んでくれたら、お前たちの要求を呑む。これは、正当な取引だ」
きっぱりと、皇太子殿下は言い切った。
(それなら、もうちょっと違うことに、交渉能力を使ってくださいよ……)
と思ったアーセールだったが、皇太子殿下は、どうにも、厄介なことに、本気らしい。
「なるほど。解った。じゃあ、勝手にやってくれ」
「恩に着る……さて、アーセール」
皇太子は、アーセールに呼びかける。
「何でしょう、殿下」
「どういういきさつで、お前は、離婚の危機に……? 新婚旅行をしたのが数日前だろう!」
「その新婚旅行で、トラブルがあって……」
どこまで言えば良いものか。アーセールは悩む。ここで、ルーウェの秘密を言うわけにはいかないし、ルーウェに襲われそうになって、思わず押し倒したというのも言いづらい。
「あの、ですね、いろいろ、あったんですよ」
「いろいろ?」
「……私がお前を訪ねていった翌日には、帰ったじゃないか」
「まあ、そりゃあ、そうなんですけど……」
そう答えながら、なぜ、翌日、帰ったことを知っているのだろうか、とアーセールは疑問に思った。確かに、翌朝、鳩は飛んできた。あれは、一体、どこから飛ばしたのだろう。レルクトと、王都の間は、ゆうに一日かかる。王都の皇太子邸からではないだろう……。
「何があったんだ?」
なんとなく、アーセールは、ピンと来た。これは、時間稼ぎだろう。ならば、あの男たちが続きが気になるような話をすれば良い。心の中で、ルーウェに詫びながら、アーセールは口を開く。
「……その、あの邸は、いろいろと、新婚仕様だったじゃないですか」
「当たり前だ、私が気を遣って、世話をさせたんだよ!」
「えっ? ちょっと、本気ですか? 普通、新婚だからって、風呂に花まで浮かべますっ!?」
「……結果としては、それでよかったんじゃないか?」
しれっと言う皇太子に、腹立たしい気分になりながらも、アーセールは「まあ、そりゃ」と小さく呟く。
「……ならなんで離婚の危機になるんだ」
「そりゃ、その、……可愛かったんですよ……」
「はあっ?」
と声を上げたのは、男たちのほうだった。
「なんで、可愛いからって離婚の危機になるんだよ、あんた」
男たちにまで問い詰められて、アーセールは、訳がわからない気持ちになっていた。
「……だって、ずっと可愛かったのに、指一本……は触れたか。とにかく、そういうことが出来なくて、いろいろ、悶々としてたんですよ、……なのに、あんたが、あんな、余計な新婚仕様にするから!」
「新婚が新婚らしいことをしなくてどうするんだよ。……お前たち、ちょっと聞いてくれ。この男は、新床で一緒に仲良く寝ただけで、手を出さなかったんだぞ! どう思う? うちの弟が、それで、どれほど傷ついたことか……」
「あー、そりゃ、あんた、駄目だよ。新床なんだろ……?」
「まさか、あんた、不能なのか? 可哀想に……」
「若くても、不能になるヤツはいるからなあ……」
思ってもみない方向に話が勝手に進んでいく。恐ろしい。
(このままでは、もしや、不能として後世に名を残すんじゃ……)などと、アーセールすら余計なことを考え始める。
「そもそも、第二王女殿下のご結婚を断ったのも、不能だったからじゃ……」
勝手な推測をされて、アーセールは大いに傷ついた。しかし、男たちが勝手に話をしている間は、時間稼ぎが出来ていると言うことだ。それはそれで、目的は果たしていると言える。
「なんだ、お前、不能だったのか? ……もしかして、離婚の理由はそれか? じゃあ、仕方がないか……」
皇太子殿下が、実に無情な事を言う。しかし、ここで、ルーウェを一日中抱き潰したなどと……そういうことを、この男たちに想像されるよりは、マシか、と思うことにした。
男たちの同情の表情が、なんとも言えない。
「ああ、君たち。第二王女のルシールは、きっと、アーセールに縁談を断られたことを、気にしていると思うんだよね。あの子は、何をやっても優れているし、国で一番の才媛だから。だから、縁談を断ったのは、こいつが不能になったからだって、伝えて貰えないかな」
「……皇太子殿下!?」
「まあこれで、ルシールも、少しは気持ちが落ち着くと思うよ……。あの子も、君のことが結構好きだったみたいだからね……」
実に、『気の毒そうに』皇太子は言う。周りの男たちも、同情の表情だった。
「そりゃ、どうも、ありがとうございます……それで? とりあえず俺は、殿下に、土下座を百回すればいいんですかね?」
はあっ、と盛大な溜息をついたその時だった。
勢いよく、ドアが開いた。そこから一斉に、男たちがなだれ込んでくる。見張りの黒服の男たちは、あっという間に床に押さえつけられて、捕らえられた。駆けつけたのは、町の男たちのようだった。みな、一様に、『気の毒そうな』表情をしているのは、気にしないでおいた方が良いだろう。
一人の男が駆け寄ってきて、皇太子とアーセールの戒めを解く。
「ご苦労」
とだけ、皇太子は労う。声をかけられた男は、「へへっ」と笑ってから、その場に跪いた。
「……皆の者、ご苦労」
周囲を圧倒するような声だった。凛として、澄んだ声だった。ルーウェの声だった。開け放たれた扉から、ルーウェは悠然と歩いてくる。ザッと音がした。一斉に町のものたちが跪いている。
「兄上、ご無事でなによりです」
「存外早かったね」
皇太子はゆっくりと立って、服についたほこりを手で払った。砂埃が舞い上がって、アーセールは思わず、咳き込んでしまう。
「黒服の男たちは第二王子の差し金です。……お怪我をされているようですので、参りましょう。この町の宿屋を徴用しています。ここから、我らは、反撃しましょう」
「頼もしい弟殿だな」
ふふっと皇太子は笑う。
「……ああ、その前に。ちょっとやっておく事があるんだ。ルーウェ」
「はい?」
皇太子は、剣を取った。黒服の男たちが持っていた、安っぽい剣だった。それを、すっと抜いて、アーセールの肩に乗せる。
首を、刎ねられるのかと、一瞬アーセールは思ったが、違った。
「……アーセール。そなたを我が軍の将軍に迎える。共に《《逆賊》》から王都を奪還するぞ」
みあげた皇太子は、真剣な顔をしていた。
アーセールは「謹んでお受け致します」と申し上げ、将軍職を拝命したのだった。
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