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第46話 王都へ
朝一番、起き出して集まったとき、皇太子が妙に機嫌良さそうにして居たのを見て、アーセールとルーウェは顔を見合わせて、苦笑が漏れた。
「それで、二人は、離婚の危機は脱したのかな?」
皇太子がにやにやしながら聞いてくるので、アーセールは「おかげさまで」とだけ答えて一礼をする。
「おや、昨日の夜は盛り上がったかと思っていたのに」
「聞き耳を立てていらっしゃったんですか?」
「いやいや、噂だよ。まあともかく、私も身辺が、刺々しい空気では困ると思っていたところだから、お前たちが離婚しないのならば、それでいい」
さらりという皇太子だが、どこまで本当か。ただ、妙に機嫌が良いのと、サティスのぼんやりした感じを見ている限りでは、おそらく、皇太子の方は、楽しい夜を過ごしたのだろうかと、推測できる。
サティスには気の毒だが、皇太子の方は機嫌も良く、士気も上がっているので、それは良かったのだろう。
「兄上、玉璽は見つかったのでしょうか?」
「いや。ただ、後継者には必ず継承されるはずだから、すでに私が持っているのだろうとは、元国務長官が言っていた」
しかし、皇太子には、それを継承した記憶がないのだろう。
「皇太子邸にあったのでは?」
「あそこには、誰かからもらったものは置かないことにしていたのだ。一つも安心できないからね。なにもかも最低限しか置かなかったから、殺風景なものだったよ。
お陰で、金に不自由している身の上と、偽装も出来た」
皇太子は笑う。実際は、そこそこ蓄財しているというが、一体どのくらいの規模なのか、底が見えない。そもそも、ルーウェに、あれほどの贈り物をするのだ。財力はあるのだろう。
「王都に入るのは良いが、皇太子邸は焼け落ちたからな、アーセール、お前の邸を使わせてもらうが問題ないな?」
「かしこまりました」
異論はない。アーセールの邸ならば、前もって、皇太子の手のものが入っているはずだ。ならば、ある程度の安全確保は出来ているのだろう。
「では、ここから、アーセールの邸を目指すぞ」
かしこまりました、と声がする。アーセールの元部下たちは、快く、アーセールの元に戻ってきた。部下たちの言葉を借りれば、あと、千人くらいは集まるだろうということだった。
そして、所在なさげに同席していたのは、装飾品をあつかう商人グレアンだった。
「そなたには多大なる借りがある。ゆえに私が皇位に就けば、ありとあらゆる手続きを無視して、皇帝御用達にすることを約束する」
皇太子はきっぱりと言い切った。商人たちは、喜んで頭を下げる。そのついでに、皇太子は商人たちに頼み事をする。
北の国境から、皇太子が玉璽を携えて戻ってくる。という噂をながせというものだった。
「なぜ、そんな噂を流すのですか?」
理解できずにアーセールが問うと、皇太子は、にやりと笑った。いやな笑みだった。
「私は、王都の主だ。その私が、こそ泥のように、こっそり王都入りなど出来るはずもない。正統な主として救国の将軍を伴って帰還するのだ」
そこを、第二王子に襲われたりはしないだろうか? アーセールの疑問は顔に出ていたらしく、傍らからルーウェが答えて、ついでに意見をする。
「正々堂々と都入りする主を害することは出来ないでしょう。兄上、皇太子邸が炎上した件について、なにか表明する必要があるかと思います」
「表明か」
「ええ、一刻も早く、第二王子を廃して皇位にお就き遊ばしませ、兄上」
ルーウェの言葉を聞いた皇太子が、ふむ、と小さく呟く。
「だいぶ、積極的に私を推すね」
「皇太子殿下が皇位に就かれる。これが、正道です。そしてこの問題が長引けば、国は混乱します。皆の安寧のために、一刻も早く、兄上が皇位に就かれますよう」
真面目な顔をして言うルーウェだったが、アーセールには、その内心が解る。昨日、心は通い合ったが、最後まではしなかった。なので、とっととこの件を片付けて、アーセールと二人で幸せな隠居生活をもぎ取ろうとしているわけだ。
(とはいえ、どさくさに紛れて、復職したんだよなあ……)
皇太子から直々に将軍職を拝命したわけだ。元軍人たちの集まった非正規の軍隊も持っている。そして、アーセールは、国民からの知名度が高い。皇位に就いたからと言って、すぐに混乱が収まる訳ではないだろうから、しばらく、アーセールは、こき使われることは覚悟していた。
(新婚なんだから、そこは配慮して欲しいんだが……)
しかし、いざとなったら、ルーウェに泣き落として貰えば、意外に、皇太子は言うことを聞くかも知れない、とアーセールは思っている。まずは、皇太子を皇位につけ、三日三晩と言わずに、戯れあって過ごしたい。これは、ルーウェも異論はないだろう。
「正道か。ならば、私は、その正道を行こう……」
皇太子は立ち上がり、道を示した。南。遙か南を指し示す。そこには王都がある。そして、現皇后と第二王子たちが待ち受けているはずだった。
「王都を目指す。奪還するぞ!」
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