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第47話 帰路と歓迎

 王都へ向け、皇太子一行は南を目指すことになった。  次期皇帝としての帰還なので、早足では行くが、全力で駆けることはない。  グレアンの指示により、途中の町々を継いで皇太子の帰還の報が伝えられると、かつてのアーセールの部下たちが帰参を願い、次第に、軍も増えていく。志願して軍に参加するものもあった。  皇太子の後ろにルーウェとアーセールが両翼のように付き従いながらの行軍となった。行軍の装束こそ、美々しいものではなかったが、途中の町で、公爵と公爵夫人に邸への滞在の申し出があり、受けることになった。王都まで近い公爵領なので、一度、鋭気を養うことが出来るのはありがたいことだったし、それに、公爵が皇太子の味方をしたという表明である。それは貴族の中に、皇太子派が増えたと言うことに他ならなかった。 「まあまあ、我が家に殿下をお迎え出来る日が来るなんて……」  公爵夫人は、相変わらず、はしゃいでいる。 「公爵、夫人、お久しぶりです。我が家に、結婚の宴に来ていただいて以来ですね。温かなお祝いを頂きましたものを、返礼のご挨拶にもうかがわずに、大変失礼を致しました」  アーセールは恐縮して頭を下げる。 「あらあら、よろしくてよ。将軍と、殿下が、皇太子殿下をお救いするために、北の国境まで商人に身をやつして赴いたという話は、もう、みなの語り草になっておりましてよ。将軍と殿下が、お互いを思いやって離婚の危機にまで陥ったと聞いた時には、私どもは、涙を流したものですわ」  はあ、と気のない返事をしたアーセールに対して、ルーウェが脇を小突く。 「夫人。……ご心配をおかけ致しました。おかげさまで、アーセールとは、離婚をせず、皇太子殿下をお救いすることも出来ました。今、こうして、夫人のご厚意に甘えて、お屋敷に寄せていただきますことを心から感謝致します」 「まあ、殿下。臣下としては当然の勤めですわ。わたくし、亡き前皇后陛下には、大恩がありますの。そして、殿下のお母上様にも良くしていただいた事がありましてよ。ですから、ささやかなご恩返しでございますわ。  ところで!」  と公爵夫人は、皇太子の目の前に長々としたリストを渡した。 「こ、これは……?」 「王家に連なる、独身の娘たちのリストです。どうぞ、お役立て下さいまし。両親家族の釣書とともに、ご令嬢のひととなりまで書いてございましてよ」  困惑する皇太子に、公爵が小さく呟く。 「すみません、これの趣味が仲人なもので……」  なるほど、と皇太子が微苦笑する。 「……未来の皇后を選べと」 「よろしければご検討下さいまし。即位の折に、皇后を迎えるのは慣例にございます。その段になって考えるより、先に、候補を絞られるとよろしゅうございましょう。あと、アーセール様と殿下にも、ご入り用であれば、養子のリストをお渡し致しますわ」  なんとも、国中の貴族の情報を把握して居るという意味では、心強い方だ、とアーセールは、好意的に解釈した。 「しばらくは、新婚生活を満喫させて下さい」 「まあまあまあっ! わかりましたわ。でも、たまにはお屋敷にお伺いしたいので、お茶会か夜会にでもお誘いくださいましね」  新たな社交場を作るつもりはないが……とは思いつつ、ルーウェの立場を守る為には、政治力は多少必要かも知れない。ここは、ルーウェと相談して、決めていくことにしよう、とアーセールは思う。  なんでも、相談すれば良かっただけなのだ。それが、アーセールには解らなかった。  豪華な晩餐会でもてなされ、アーセールの軍の全員に宿と夕食の手配をされたと言うことで、恐縮の限りだったが、温かいもてなしを受けて、心強かった。皇太子には、サティスが寝所まで共をして、アーセールとルーウェは当然のように同室だった。湯まで用意して貰って旅塵《りょじん》を落とし、柔らかな寝台に身を横たえる。 「久しぶりに、柔らかな寝台ですね」  ルーウェが心なしか、はしゃいでいるように見えた。アーセールも、同意するが、旅の疲れもあって、寝台に沈み込んでいくような感じがある。 「公爵夫人には、感謝しなければならないですね」  ルーウェとアーセール、皇太子たちには、夜着なども用意されていた。砧《きぬた》を打って艶を出した滑らかな肌触りの夜着は、初夜の装束のようで少し気恥ずかしいが、今は、疲れの方が先立っている。 「……明日には、王都に着きますよ」  ルーウェが、アーセールに抱きついてくる。本当は、このまま深く抱き合いたくなるのを堪えて、かるい口づけだけすると、ルーウェが「ここから、本当に忙しくなると思います」と固い声で言った。 「そうですね。けど、味方をしてくれる人たちも沢山います。あとは、玉璽を手に入れれば、第二王子たちは逆賊ですよ」  そして―――かつてルーウェの『客』だったものたちのリストを手に入れる。そのことを秘密にしておいたアーセールだったが、もはや、隠し事はしないと決めた。 「レルクトで、皇太子殿下とお話ししていた件ですが」 「えっ?」 「あなたがご不快に思うかも知れないと思って、黙っていましたが、済みません。俺と、皇太子殿下は、あなたを恣《ほしいまま》にした者たちを、やはり許せないのです。だから、そのものたちの、リストを手に入れるつもりです」  ルーウェが、息を飲むのが解った。 「……俺は、そのリストを見ません。ただ、殿下は確認すると仰せでした」  しばらく、ルーウェの返答はなかった。何かを考えているようだったが、やがて、口を開いた。 「……どうせならば、効果的に使って下さい。そのリストがあれば、ある程度のものたちにとっては、弱みになるかと思います」  弱みとして握っておき、新皇帝の治世に役立てろということだろう。 「あなたは……それで、よろしいのですか?」  勝手に、ルーウェが傷つくのではないかと思うのを、アーセールは止めた。傷つくかどうか、それを嫌と思うかどうか、ルーウェに委ねるしかない。だが、ルーウェが無理をする可能性もあるから、それは注意深く見守って、必要ならば、寄り添い、解決出来る方法を探そうと思っている。 「……辛いこともあるかも知れません。ただ、あれは、私の本心からの望みではなかった。私は、正常な判断を失っていた。その過程で起きた暴力に、もう、私が傷つく必要はないのです」 「はい、それは……」 「でも、辛い時はあなたを頼ります。あなただけが、私を甘く癒やしてくれるし、私を愛して、満たしてくれるんです」  だから、大丈夫です。  ルーウェは、そう言って、アーセールの胸に身をすり寄せた。 「では、皇太子殿下には、そう、伝えます」  はい、と返事するルーウェの声を、アーセールは甘く、吸い取った。

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