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第48話 趣味と実益
気配りの行き届いた朝餉をごちそうになってから、公爵夫人の心ばえにアーセールと皇太子は驚くことになる。
「まさか……」
「勝手なこととは思いましたけれど。私が考える新皇帝陛下の近衛の皆様の装束と言うことで妄想をいたしましたので、それなりの数を作らせていたのです。もし、奏上いたしまして却下されたとしても、我が家のものたちに着せれば良いわけで」
アーセールの部下たちの分のそろえの制服、アーセールやルーウェ、皇太子のためにも美麗な装束が用意されていたことには驚いた。聞けばこちらも妄想の末に作られた衣装と言うことだった。
「けれど夫人、この衣装は……いつ用意されたのです」
「皇太子邸が焼き討ちされたときですわ。あの時に、皇太子殿下の御為《おんため》、衣装など用意出来ないものかと、思案して、すぐに工房に作らせましたの」
ああいう非常時でしたら、わたくしの考えた衣装が採用される可能性がございましょう? などと公爵夫人は笑っている。
彼女の趣味で、ルーウェは短衣ではなく長衣であった。婚礼の華麗な衣装を思いだす。
「しかし、みすぼらしい格好で王都入りするかと思っているであろう第二王子たちは、さぞや悔しい思いをするだろうな」
それを思えば愉快な気持ちになるらしく、皇太子は、くっくっと喉の奥を鳴らして笑った。確かに、王都を追われ、身をやつして逃げていた皇太子が、やけにきらきらしい格好で現れれば、ほぞを噛むことだろう。
「公爵夫人に、感謝する。こういうときこそ、壮麗な格好は良いものだ」
「まあまあ! よろしければ、この後も式典用の儀礼服などお任せいただけましたら、喜んで調進いたしましてよ」
アーセールは自身の衣装を見やる。白地に金色の飾緒で彩られた衣装は気恥ずかしい。
「私は、あなたのその装束は好きですよ。差し色が、私の装束と同じで、薄紫なんです」
その心遣いを知り、公爵夫人の並々ならぬ服飾へのこだわりを思い知ると同時に、ルーウェと繋がるような衣装が嬉しくなった。
「良いものですね」
「はい、あとで私とあなたの夜会服が必要になったら、夫人にお願いしましょう」
ルーウェの柔らかい微笑みごと抱きしめたくなったが、ぐっと堪えた。
想像以上に華麗な行列で王都を目指す間、通り道の領主たちが舘から出てきて、皇太子に忠誠を誓うというのが連発したので、予定よりも王都入は遅れた。日中に入りたかったが、黄昏時の王都入となった。
白い装束が真っ赤な夕焼けに照らされて朱に染まる。すでに待ち受けていた民たちが一斉に『皇太子殿下万歳!』と声を上げている。怒号のような歓声を割って進む。
焼け落ちた皇太子邸については、逆賊に襲われ、逃げ延びる為に火を放ったと、既に表明されている。
「皇太子殿下! 逆賊を誅滅してください!」
「逆賊に死を!」
皇帝陛下の崩御が、暗殺であることも同時に発表されている。犯人は明言していなかったが、大方、国民は第二王子の顔を思い浮かべているらしい。
裏で、前皇后も毒殺されたという噂を流しているので、信憑性が高くなったのだろう。
とにかく熱狂をもって皇太子一行は迎えられたのだった。
アーセール邸には、東宮府の役人たちが入っており、臨時東宮府ということで手配されることになった。このあたりは、皇太子の王都入りの噂を聞いた瞬間、ルサルカがレルクトから急ぎ戻って、手配をかけたようだった。
「閨は、皇太子殿下に。アーセール様とルーウェ様のお部屋はそのままにしてございます。その他は、東宮府の方と共に、部屋をお渡ししております」
ルサルカは邸に部屋を持っていたが、別の所に宿を構えたらしい。他の使用人たちもそのようにしたということだった。
皇太子が使用する閨には、大きな机などが持ち込まれていたが、応接用の椅子などはなかったため、皆で茶を飲むのには不自由する。
「では、私の部屋に参りましょう」
「そうだな、お前の部屋も、すこし、興味はあったんだ」
「殺風景ですよ?」
「将軍は、我が弟に、何の支度もしなかったのか?」
非難がましく、皇太子は言う。支度をしなかったというわけではないが、ルーウェがどのようなものを好んでいるのか、全く解らなかったため、迎えてから要望のものを揃えようとは思っていた。そして、その要望が出なかっただけなのだ。ともあれ。ルーウェの部屋は殺風景だった。
「でも、兄上。この部屋にも飾りはあるのですよ」
アーセールは「あっ」と声を上げた。『結婚祝』ということで、皇帝陛下から賜った、皇太子殿下の手形のことを言っているのだろう。これは、皇太子に本格的に怒鳴られるだろう、と身構えていると、ルーウェが嬉々として皇太子の目の前に、額装された、幼き手形を差し出した。
「これは……?」
皇太子も、困惑している。
「父上から賜りました。兄上の手形だそうですよ」
「私の手形? なぜ、そんなものを……まったく、あの方は、私やお前には、呆れたようなものばかりしか送ってこない……」
皇太子は呆れたように言いながら、額装された手形を手に取って「ん?」と小さく呟いた。
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