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第49話 父の手紙

「ん?」  皇太子が怪訝そうな顔をして、額装された手形を見る。 「如何なさいましたか、兄上」 「こんなものがあるとは知らなかった。……しかも、丁寧に額装までして……」  皇太子が怪訝そうな顔をして見ていると、ふいに「ん?」と小さく声を漏らした。 「ルーウェ。この額装は、お前が?」 「いいえ、父上から賜ったときには、この額がついていましたが」  しばし、皇太子はなにかを考えていたようだったが、「なにか、下にあるように思える。これを、外してもいいだろうか?」とルーウェに問う。 「はい? ええ、構いませんが……」  アーセールは目を凝らしてみるが、よくわからない。なんとなく、なにかがあるような気もするが、気のせいという気もする。  皇太子は、手袋を付けてから、額を外していく。貴重な品に対する配慮、というより別な理由がありそうだとアーセールが思っていると、 「……万が一、毒が仕込んであるとも限らない。そういう方だ」  などと皇太子が独り言のように呟く。  アーセールは、その、美しい横顔を見ながら、皇太子の辿ってきた半生など、知るよしもないが、この人も、ルーウェと同じように孤独で、誰からの支援も得られない人生だったとしたらしんどいだろう。 「外した……が、特に、仕掛けはなさそうだな。毒は解らんが」  皇太子は、淡々と呟きながら、額を外していく。なんの変哲もない、子供の手形。だが、その下に、皇太子がいったように、別の紙が潜んでいた。表書きを探して裏返すと、そこには宸筆で『第八王子ルーウェへ』と書かれた上、皇帝陛下の公的な署名がされ、公文書として記録された事を示す、印章が押された封筒が出てきた。 「……これ、は……」 「ともかく、ルーウェ。お前に宛てた親展のようだ」  封筒を手渡されたルーウェは、得体の知れないものを見るような目つきで、それを眺めている。何が入っているのか、わざわざ、隠すような事をするくらいだし、公文書として管理されるほどのものだ。父から息子への気楽な手紙ではないだろう。  一度、ルーウェは深呼吸して、封に手を掛けた。指が、震えていた。封を丁寧に外して、中を開く。そこに、公文書で使用する料紙が入っていた。 『第八王子ルーウェに、玉璽の管理を命ず。』  続く、いくつかの文章。そして、玉璽の鍵とおぼしき、白翡翠で出来た、平たい飾りが同封されている。ルーウェは、動物の肉の脂身のように、ぬめる光沢を持つ、飾り物を手に取る。ひんやりとしていた。 「私が、玉璽の管理人」 「であれば、管理人殿。……皇太子として、命ずる。玉璽を、ここへ持つように」  静かに、皇太子はルーウェに命じ、ルーウェも、恭しく「畏まりました」と受けた。  玉璽の場所については、同封の手紙に書かれていた。王都から南へ行ったところにある、王家の廟所。そこに行けば良いという。 『そなたが望むものを王とし、そなたはその任を補すこと』  ルーウェには、勅命があった。  ルーウェの顔色が悪い。アーセールは気になって、そっとルーウェの手を取る。気がついたルーウェが、顔を上げた。ラベンダー色の瞳が、潤っている。 「皇太子殿下。……廟所へは、私とルーウェの二人で向かいます。警護の者は付けますが、皇太子殿下におかれましては、こちらでお休み下さい。我々は、夜明け前に出ることにします。そうすれば、明日の午にはお手元に玉璽をお届け出来るでしょう」 「では、そのように」  皇太子は、頼んだ、と一言添える。アーセールとルーウェは、そのまま御前を辞してアーセールの部屋へ向かった。  部屋に入り、人払いをしてから、アーセールはルーウェに問う。 「国王陛下からの親書に、なにか、嫌なことでも書かれていたのですか?」  ルーウェは、すこしのあいだ黙って、それから、俯いて、小さく首を横に振った。何も言わずに、アーセールに抱きついてくるが、なにも言わなかった。アーセールは、困ったが、そのまま、抱き上げて椅子まで移動する。ルーウェを膝の上に抱えたままで椅子に座っても、何も言う気配がなかったので、指で、彼の髪を梳いていた。 「……少し落ち着きました」 「ん?」 「父上は、なぜ、私に、こんな大役を命じられたのに、私に、何も仰って下さらなかったのか……。それに、私は、役目が欲しかったけれど……、実際に、次の皇帝の補佐、などという役目ではなくて、欲しかったのは、父上からの温かな言葉ひとつだったのを、いま、知りました。でも、もう、私には、二度と手に入れることが出来ない」  それを、あの瞬間に思い知ったのだろう。  肉親からの愛情は、本来、無条件で与えられるものだ。それを与えられなかった。その、劣等感は、きっとルーウェを深く傷つけていると、アーセールには、癒やすことが出来ない類いのものである。  過去の傷も何もかも、全部埋めることが出来れば良いのに、とアーセールは思う。そして、それが出来ないことが、歯がゆくてたまらない。歯がゆい。それを、噛みしめている。  アーセールは、無言で、ルーウェの言葉を静かに聞きながら、そっと背を撫でた。 「……月なみだけど」  アーセールは、言葉を探しながら、ぽつりと言う。「皇帝陛下は、ご子息の中で、一番信をおいていたから、あなたに、国王を選ぶ権利を与えたんじゃないかな」 「……そうでしょうか」 「ああ。……皇帝陛下は、国の行く末を案じておられたと思う。ならば、最も信をおく者に未来を託したんじゃないかと思うんだ」 「そうでしょうか……」 「多分そうだよ」  アーセールは、ルーウェの頬に口づけを落とした。少しでも、慰めになれば良い。そう思っていたら、ルーウェが「また、我慢、なんですよね?」と小さく確認してきたので、笑ってしまった。 「ええ、もう少しです」  

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