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第50話 玉璽

 玉璽を取得する為に、王家の廟所へ向かったが、第二王子たちの追撃はなかった。何の妨害もないことを、不安に思いつつ、廟所に立ち入ろうとしたとき、 「将軍っ!」  と叫びながら、風を切る勢いで猛然と駆けてくる者があった。アーセールの部下で、『早耳の』という異名を持つニコというものだ。 「どうした、ニコ」 「お早くお戻り下さい。第二王子が動きました!」  ニコからの報告を受けて、アーセールはチッと舌打ちする。第二王子は、アーセールが離れるのをうかがっていたのだろう。 「兄上はご無事ですか?」  ルーウェが心配して問う。顔が青かった。 「ルーウェ。まずは玉璽をもって帰ります。ニコ、第二王子たちは俺たちを追跡している様子はあったか?」 「いや、ない。だが、ここから将軍の私邸に行くのは、危険だ」  すでに、第二王子に包囲されていると言うことだろう。ならば、どうすれば良いか、と考えた時、ルーウェが口を開いた。 「兄上と落ち合う場所は、もう王宮しかないでしょう」 「えっ」  たしかに、そうなのだが、そこには、皇后や第二王子が居るはずだった。 「城は明け渡して貰います。私達は、玉璽を奪われないことが第一ですが。皇帝陛下の遺詔《いしょう》により、玉璽の管理人である私が、次の皇帝陛下に、玉璽をお渡しすれば、それで、済みます」  ルーウェの言葉は、確かにそうなのだが……、アーセールとしては、どうしても、第二王子に対峙する必要があった。それは、ルーウェの『客』だったものたちのリストを入手することだ。 「ルーウェ。俺は、一度、第二王子に会いたい。出来れば、王宮に入る前に」  ラベンダー色の瞳の瞳が、静かに見ている。ふぅ、と小さな溜息を漏らしてから、ルーウェは小さく呟いた。 「あなたが欲しいものは解っていますが……」 「皇太子殿下の希望でもある。それに、どうしても、あれは手に入れたい」  ルーウェは、しばし考えてから、「では」と言った。 「では、私も一緒に参ります。皇太子殿下にも来ていただきましょう。第二王子を斃してから、王宮を目指しても構いません」 「それが良いような気がするな。出来れば、生け捕りにする」  待ち受ける未来はどのみち、処刑だろう。ならば、その間、生きるか死ぬか、生殺与奪を奪われ、未来が死一択しかない絶望を味わうのも良いだろう、とアーセールは思った。勿論、ルーウェに、その意図はないだろうが。 「アーセール。私も、少々、自らの手で報復の一つくらいしておきたいのです」  存外、過激な発言が飛び出してきた、とは思ったが、ルーウェが、自分の意思で、第二王子と決別するために必要なことなのだろう。それならば、このルーウェの変化は、喜ばしいものだった。 「じゃあ、そうしようか」  顔を見合わせあって、お互い笑い合う。今から、大戦になるという、気負いはなかった。早足のニコに今の作戦を皇太子まで伝えるように頼み、アーセールとルーウェは王家の廟堂へと足を踏み入れる。  ここへ入るのに、枯れ果てた老木のような門番がいたが、一礼をしただけで、門を開いた。  大理石で作られた廟の内部は、ひんやりとして冷たかった。ここは、王家の人間しか立ち入ることは出来ない。第八王子であるルーウェ、そしてその駙馬であるアーセールは、間違いなく王家の人間なので、立ち入りが許されているのだろう。 「いずれ、父上も、ここに入るのでしょうね」  廟堂の中には、やはり大理石で作られた棺が幾つも並んでいた。それぞれの棺には、印章が刻まれている。先代の皇帝、先代の皇后、そして、前皇后の棺もあったが、ルーウェの母の棺はなかった。  アーセールが気にしたのを、ルーウェは気づいたようで、静かに口を開く。 「……私の母の墓所は、貴族の墓所にあるそうです」 「王族の、ではなく?」 「はい。……その代わり、私は、前皇后陛下の実子という扱いでしたし、王子の身分も貰っています。母を、ここへ葬るには、当時の情勢上、なにか問題があったのでしょうし、この国には、何人も伴侶を得るという風習がありませんから」  廟所の最奥に、石で出来た扉があった。その鍵のところが、薄く窪んでいる。 「ここに、この白翡翠をはめ込むのでしょうね」 「おそらく」  ルーウェはためらわずに白翡翠をはめ込む。そして、扉を開いた石で出来た扉は、たやすく開き、その先に、小部屋があった。埃っぽい。小部屋の中には、様々な文献、そして、中央に箱が置かれていた。箱は、精緻な彫刻で彩られていた。様々な動植物の姿もあった。瑠璃で作られた紺碧の地に黄金で描かれるのは、武官文官、騎士に神官、商人に農民たちの姿であった。どれも、生き生きとした動きと表情を持っている。この国、そのものの姿なのだろう。  ルーウェはそれを開く。  白翡翠で出来た玉璽が、天鵞絨の布に守られるようにして、ちょこんと入っていた。そして、その手前の箱を見やる。外は、永遠の命を意味する、蔦草の意匠で彩られた銀製の箱であった。その中には、一巻の巻物が収められている。皇室の家系図のようだった。正当な系図と玉璽を以て、国を治める、という意味合いなのだろう。 「すごいもんだな」 「ええ、歴史の重みを感じます」  そして、今日、その最後に新しい皇帝の名が刻まれるはずであった。

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