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第51話 第二王子邸へ

 玉璽を抱え、ルーウェとアーセールは第二王子邸へ向かう。そこに、第二王子が居るのは、途中で合流した、早耳のニコが教えてくれたが、邸は不気味なほど静まりかえっていた。人影も見えない。 「どうしますか?」 「まさか、玄関で、第二王子を呼び出すわけにも行かないでしょう。中にいるのは解っているのですから、皇太子殿下の到着を待たずに、行きますよ」  アーセールは、合流していた手勢を引きつれて、邸へ入る。分厚い木の扉を破ろうとしたが、鍵は開いていた。中は、人の気配がない。 「おい、ニコ。本当に、第二王子はいるんだろうな」 「ええ……、そういう情報でしたけど」 「とりあえず、入り口を固めておけ。あとは、仕方がない、探索する」  索敵に、ルーウェを連れていくというのは不安だった。ましてや、現在、ルーウェは玉璽を抱えている。せめて、これだけは皇太子に渡すべきであったか……と思案しながらも、耳を澄ませる。ひとの気配はない。物音もしない。 (ここには、誰もいないのではないか?)  そうも思ったが、ニコの情報の確かさのおかげで、アーセールは今まで、生き延びている。 「……静かですね」  ルーウェの面持ちに緊張の色はなかった。不思議と落ち着いているように見える。 「……怖くないのですか?」 「そうですね」とルーウェは一度言を切ってから、笑う。「あなたと離婚するかも知れないと思ったときの方が怖かったです。一人になってしまうと思った」 「すみませんでした」  そればかりは、伏してあやまる他ない。 「でも、おかげで、本心が見えたでしょう。あなたも、私もお互いに引け目を感じていて……」 「なら、今の状況は、共通の敵を倒しに行くところですね」  アーセールのほうにも、不思議と緊張感はなかった。第二王子を侮っているわけではない。だが、恐れる必要がなかった。それだけだ。  その時、カタリ……。と小さな音がしたような気がして、アーセールが立ち止まる。ルーウェも気づいたらしく、「上、のようですね」と階上を見上げた。二階へ行くのは極力避けたいところだった。退路が限られる。罠かもしれないとは思いつつ、ルーウェと一緒に、上へ向かうことにした。  早耳のニコに依れば、第二王子の私兵は、数百人。それが、全員、ここに集まっているとも思えない。王宮の守りにも割かなければならないはずだった。元帥が付いているので、軍は、おそらく第二王子のほうに付いているだろう。そのものたちは、おそらく王宮にいるだろう。  ここに居るのは数十人と見て良いだろう。どれほど多いとしても。 「……アーセール様、俺たちが先に行きます」  イネスが露払いを申し出る。常のアーセールならば、自分で行くが、今は、ルーウェが居るから、前へ出るのはイネスに任せた。 「……将軍、変わりましたね」 「そうか?」 「ええ。今までなら、率先して、死に向かっていたでしょう」  ここで死んでも良い。死にたくない。相反する二つの思いがあったからこそ、功績を挙げることが出来たし、死ななくて済んだ。『救国の将軍』と謳われるアーセールの実態は、こういうものだ。 「いまのほうが、絶対に良いですよ」  イネスが階段の上から、二階の廊下にちょっと顔を出した瞬間、「うおっ」と身体をのけぞらした。 「大丈夫か、イネスっ!」 「うー、弓です。厄介だな、こちらからは近づけないです」  いまの弓が合図だったのか、一階にも武装したものたちが躍り出てくる。 (一体、どこに潜んで……)  アーセールとルーウェは階段だ。一階と二階と、両側から進路を塞がれた状況だった。  時間を稼げば、皇太子の軍は来るだろう。だが、それだけではどうしようもない。 「イネス、どうだ?」 「……弓が結構いますね。両脇から来ます」  二階に躍り出た瞬間に、矢で射られるという寸法だろう。しかし、いま、アーセールたちは盾も持たない。武器も、心許ない。 「アーセール様、他に何かありませんかね」 「何かと言われても……」  その時、ふと、思い出した。北の国境に向け、商人に身をやつしていたとき、アーセールは商売道具兼、万が一の時の道具として用意していたものがある。香油の瓶だ。装束を替えてしまったので、全部は持っていないが、外套の隠しにいくつか入っている。これに火を付けて投げるか、まき散らして、火を付けるか。どちらかだ。 「……イネス」 「なんです」 「火炎瓶なら用意出来る。ただ、それほど、殺傷能力はない」 「奥方様がご一緒の時には、お勧めしませんよ。ただ……」  イネスは、階段の下を見やった。兵士で溢れている。あちこちで剣戟の音が響き、血なまぐさい。自軍が不利なことは、疑いようがない。 「下をなんとかしても、上に行けば、やられる……なら、上をなんとかするしかないでしょうね。第二王子がどこに居るか、が問題ですけど」  第二王子の私室。執務室はどこだろう。 「将軍。俺は、二階だと思いますよ。でなければ、廊下の両端に、弓兵なんかおくはずがない」  確実に、二階へ上がってきたものたちを殺す為の、作戦だと言いたいのだろう。  途方に暮れかけたが、だまっている 場合ではない。確実に、一秒ごとに、状況が悪化している。  迷っている場合ではなかった。 「イネス。二階からどこかへ行く通路はないんだな?」 「ええ、だから、第二王子が居るとしたら、ここだと思いますよ」 「よし、じゃあ、行こう」  香油の瓶は、十五本。それに火を付けて、廊下の両端へ投げ入れる。 「なんだっ!」 「射ろっ!」 「……火炎瓶だっ!!」 「火を消せっ!!」  声の様子から、おそらく、そこに居るのは、十人にも満たない。アーセールとイネスは顔を見合わせて、それぞれ右翼と左翼へ向かって駆けだした。弓兵に直撃はしなかったが、外套に引火しているらしく、もう一人が必死に消火しているようだ。だが、油を被っている。消火は難しいだろう。 「……っ! ……」 「仲間を助けたかったら、ここを通せ。第二王子はどこにいる? 答えたら、下へ行っても構わない。ここから逃げれば、命は助かるぞ」  アーセールは剣を抜く。その傍らに、ルーウェも居た。ルーウェも、焼かれゆく弓兵から、目を背けずに毅然と見ている。 「将軍、その部屋だっ!」  うしろからイネスが声を上げる。アーセールは、弓兵の首を掴んで、第二王子の私室へと投げ入れた。苦悶の声が聞こえた。

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