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第1話 〜未遂〜
ベッドに寝転んで、てつやは髪を指で摘み見つめていた。
10代ぶりにほぼグレーに近いアッシュグレーにした髪色。仲間は『懐かしー』と笑ったが、これは文治が勝手に決めた色だ。文治は初めて会った時のてつや の印象が強いようで、あれに近づけたかったらしい。
「あの頃なぁ…」
苦しい思いと楽しい思いが混同する、自分で思い返しても気持ちが定まっていなかった時期。そう思うと、今は随分自分落ち着いたな…と思う。
てつやは目を瞑って回顧した。
あの悍ましくも懐かしささえあるあの時期を。
気付いたら抱きかかえられていた。
抱えているのは妙に筋肉質で、腕の太い、それでいてピンクのシャツに黒の裾の広がったパンツを履いたマリリンモンローみたいな頭をした男。
「離せ!離せよっ!どこ行く気だ」
ほぼ担がれているような感じでいるてつやが、背中を叩こうが足をばたつかせようが、このおカマみたいな男はびくとも動じない。
その頃のてつや は、背は同級生よりはあったがなんせひょろひょろの細身もいい所で、こんな筋肉だるまには高校1年生とは言えてつや の体はちょろいものだった。
「あなた、凄くあたしの好みなのよ〜。◯高の生徒さんでしょ?陸上やってる加瀬てつやくん。競技場で見た時、もうあたしズっキュ〜ンだったんだったんだから」
確かにてつやは陸上部で、中距離走の選手だった。
記録もいいので、大会にもよく出場はしていたが…。
しかしそれはそれ。お前のズッキュ〜ンは俺には関係ないと理不尽なものを感じ
「だからって何しようって言うんだよ!おろせ!おーろーせー!」
関係ないからと言って、暴れることはやめられなかった。
知らない人に拉致られているのだ。思えばゾッとする。
「大丈夫、悪いようにしないから。楽しいことするだけだからね」
「俺は楽しくないんだよ!おろせっ!」
「もうー、きかん坊ねえ。そこがまたいいんだけど…じゃあしょうがないわね」
とキョロキョロっと周りを見渡し
「あ、いいところみっけ♪」
と、マンションを建てている現場の中へ入っていった。夏なのでまだ少し明るいが、時間はもう7時近い。建設現場には誰もおらず、男はてつやを担いだまま事務所に使っているのだろうプレハブに真っ直ぐ向かい、ガラガラと横開きの扉を開けた「なあに、不用心ね開いてるじゃない。でもラッキー♪」
男は中に入り込み、鍵をかけそしててつやを漸く下ろす。おろされたてつやは、這ってドアへ向かうが、それは男の手によって阻まれそのまま巻き込むように抱きつかれてしまった。
「こう間近で見ても、可愛い顔してるわねえ…食べちゃいたい」
そういっててつやの頬をベロンと舐める。
生理的な嫌悪感と、何をされようとしているのかが何となく理解できたてつや は、背筋を悪寒が走り、またしても腕の中で暴れ始めた。
「暴れないのよ。大丈夫、優しくしてあげるから」
がっしりと腕を後でにホールドされ、動きが取れない。
その間にも男の口が顔じゅうを這い回り、空いている手が腰をまさぐったり尻を撫でたりしている。
「ほん…とにやめっ…んっ」
口を開くと男の舌を舐めてしまいそうでそれも嫌で声も出せないが、何とか逃げないと…とドアへ目を向けるが、2mは離れているか…絶望的な気持ちになる。
男の手は制服のズボンのベルトを外し、尻側を一気に下げている。
生尻を撫でられ、てつやは息を詰めた。男同士はそこを使うとは知識として知っている。
友達と冗談で話したりしていたから。しかし実際こうなってくると、面白い話なんかではなかった。
知らない男に急にということもあるが、こんな場所で尻を出させられて…なんて想像もできない。
「助け…やめっ」
男の指は容赦なく尻の間の場所を探り当て、指を這わせ始めていた。
「ここね、ゆっくり柔らかくしないと…あなたがきついのよ」
すでに膝立ちになっている男は、同じく膝立ちのてつやの顔をみて、嫌な顔で笑っている。
「やっ…やだ…やめろ…」
声が震え、本当にこのままいいようにされてしまうんだろうか…と本当に絶望感に諦めかけたとき、ドアがガタガタと揺れた。
「あれ?ちゃんと閉まってるな、ならよかった」
と、おじさんの声がした。話の内容から現場の人か。
てつや は声を振り絞った
「助けてください!!」
「ん?誰かいるのか?おーいちょっときてくれ」
おじさんの声は誰かを呼ぶように叫んで、鍵を鍵穴に入れる音がした。
「しーー!」
男は手を離しててつや の口を塞いだが、少し緩んだ力の隙をついて男を突き飛ばし、ドアへ駆け寄った。
外のおじさんは、ーなんすか?どうしました?ーという 比較的若い声に
「誰かが中にいる…」
と告げようとした途端に
「助けて!開けてください」
という声を聞き
「なんだ?どうした!」
と、解錠し扉を開けた。
てつやは開いた引き戸から飛び出し、叔父さんに縋りついた。
「助け…て」
おカマの男はチッと舌を鳴らしてプレハブから逃げようとしたが、おじさんが呼んだ同じくらい体格のいいガテン系男子3人に取り押さえられた。
「離して!離しなさいよ!」
筋肉だるまが暴れると、ガテン系男子3人でやっとだ。
「大丈夫か⁉︎」
おじさんは縋り付いてくるてつやの背中を撫でてやりながら、ズボンが後でズリ下がり尻が半分出ていることに気づき、
「その男をふん縛れ」
とちょっと乱暴に男子達に言いつける。
これは暴行未遂だ…と察して、瞬時に怒りが湧いたようだ。
が、男子達は言われるまでもなく、暴バレっぷりがひどいので、現場にあった黄色と黒の螺旋のロープできっちりとカマおとこを縛り付けていた。
おじさんは、てつやのズボンを上げさせてから上着を腰に巻いてやり、そして警察へと連絡をした。
まっさんと銀次の両母子と京介が警察署へ来たのは8時頃だった。
てつや は親の連絡先を聞かれたが、この二人と京介の母の連絡先を告げた。京介の母親は事情があって来られないと後で聞いた。
しかし、二人の友達の母はてつや の母親も一緒に連れてきて、警察から話を聞いている。
犯人の男は名前を『大崎大将 と言い、地元で飲食業の展開している実業家だった。
大崎の周囲では、大崎が若い男の子が好きだということは知れ渡っていて、今までも問題を起こしかけては金で解決してきたという、警察でも目をつけていた人物だった。
まっさんの母梢と、銀次の母葉子はそれを聞いていたたまれない気持ちになっていたが、てつやの母は興味なさそうに髪を弄っていたようだ。
一方てつやは、スマホにかけようが、家にいようが来ないと思っていた母親がきたこと自体に、驚いていた。
まっさんと銀次と京介はてつやと共に、別室で待たされている。
友人3人は、どう声をかけていいものか分からず、ただ隣でじっと背中を撫でたり、京介はてつやの前にヤンキー座りをしててつやの膝に手を置いていた。
何分かした頃、婦警さんが迎えにきて、お母さんたちと帰っていいですよ、と言ってくれた。
てつや は3人に囲まれて、項垂れながら立ち上がり母親たちの待つ部屋へ向かう。
しかしてつやの母親は、てつやを見るなり
「あんた、男に襲われたんだって?あはは、可愛い顔に産まれて損したねえ」
とあろうことか笑い出したのだ。
警察に呼び出されたのに、派手な柄のミニ丈のスリップドレスにサンダルという格好。
見た目からしてだらしがない。
「ちょっと加瀬さん!」
広田 の母、梢さんがてつやの母美香子の肩を掴んでやめさせる。
美香子はその手を肩で振り払い
「冗談に決まってるでしょ。てつや、帰るよ」
と、軽く睨みつけ、てつやの首根っこを掴むようにシャツの後襟を掴むと、部屋から出て行った。
「ねえ、加瀬さん、ちゃんとケアしてあげてよ?尋常じゃないことなんだから」
後を追って、花江 の母葉子も部屋を出るが
「いつもてつやがお世話になってまーーーす。色々めんどうかけてすみませーん。でもこの子はあたしの子なんでー、口出ししないでくださーい」
そんな口調で振り向きもせず警察署の暗い廊下を歩いて行く。
てつやは美香子の手を振り払い、振り返って残された5人に深々と頭を下げて母親の後に続いていった。
「今あの人32歳くらい?若くして産んだのよねてっちゃんのこと。大丈夫かしらねえ…」
その光景は、まっさんも銀次も京介も未だに記憶に残ってはいるが、口に出したことはない。
その事件から3日間、てつや は学校を休んだ。
未遂とはいえ知らない男に連れ込まれ、下着まで下ろされたことだけでもショックなのに、色々触れられあまつさえ必死だったとはいえ人様に尻まで露出してしまう羞恥と言ったら、思春期の男子には耐え難い。
3日の間自室で気を紛らわせようと、ゲームをしたり漫画を読んだりしていたが、フラッシュバックのように顔中を這い回る舌や、尻やその奥に触れてきた感触を思い出し頭を抱える時間だけが過ぎていた。
しかし、家に居たところで美香子と顔を合わせる頻度が上がるだけだし、学校の方が気楽だと4日目にはなんとか感情を押し殺し、学校へ向かう。
思った通り、学校なら仲間もいるし、クラスの友達とも話ができて気は紛れたが、それでも芯からは楽しめなかった。
それから数日して、てつやが家へ帰ると1人の男性が美香子と共に居間に座っていた。
「おかえり。てつや、この人橋本さん」
「はあ…」
てつや は軽く頭を下げ、また新しい父親かなと足を止める。
「新しい父さんか?」
半ば嫌味で言ってみたが、その言葉に美香子は笑い
「いやあねえ、この人はあたしの好みじゃないわ」
じゃあ何だよ、と思ってみるが、考えてみれば今まで遊ぶ男を紹介されたことはなかった。じゃあほんとになんだ?
「あんたさ〜あ?稼げるじゃん?」
「あん?」
「橋本さんにあんたの画像見せたら是非にって言うんだけど…。5万だって。あんた需要があるみたいだし、その線で稼ぐのもいいかなって思って連れてきたのよ」
背筋が寒くなった。あの事件を思い出すのももちろんだがこの母親は…
「おまえ…何言ってるかわかってんのか?」
「お前って親に向かってなによ!あんたに逆らう権利無いんだからね。あんたの学費はあたしが払ってんの。高校くらいは行かせないとって、こんなに頑張ってるのにそれに協力もできないの?」
言いながら美香子はバッグに色々詰め始めた。
「あたしは出かけるから。橋本さんに任せてれば大丈夫」
橋本と言われた男は、紹介されてからずっとてつやの身体を舐め回すように見つめてニヤニヤしているだけだ。
てつや は動けなかった。どんなことをしたらこう言うことをする母親ができるのだろう。
あの事件の傷だって自分は癒えてないのに、男に身を任せろという母親なんて…。
悔しくて歯噛みしているてつやの視界の横に、一瞬台所の包丁が目に入った。
こんな親っ!と、衝動的に突っ走りそうになるが、小さい頃から『うちにおいで』と言ってくれていた広田 の母や花江 の母の顔が浮かび、てつやは拳を握りしめて耐え忍ぶ。
自分がそれをしてしまったら気にかけてくれている、いまでは浅沼 の母も加わった各母に迷惑がかかってしまう。
「じゃあ…ね。橋本さんは優しくしてくれるから大丈夫。あの変態みたいに乱暴なことしないからね」
そう言って、ニヤニヤしながらてつやの脇をすり抜けて行こうとした美香子の肩を引っ張り、居間にいる橋本の上にに突き飛ばすと、そのまま家を飛び出した。
こんな家にはもういたくなかった。どこにも行く場所 はないがそれでもここにいるわけには行かなくて、靴を持って小さなアパートを飛び出していった。
「ちょっと何すんのよ痛いじゃない!てつや!戻りなさいよ!あんた!この親不孝者!!!」
美香子の声が近所に響き渡るような音量で追ってくるがが気にしてはいられない。
てつやは取り敢えず、商店街を挟んだ向こう側の地区へ向かい、そこの公園でやっと靴を履いた。
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