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第17話 〜壮絶〜
大学に入って夏休みも終わり、まだ残暑も厳しい頃だった。
てつやは大学のカフェテリアでノートパソコンを開いて、午前の講義の復習と、仕掛け売りの銘柄のチェックをしていた。
相変わらず髪の色はハイトーンのアッシュグレーで、長めのマッシュにスパイラルパーマを入れてふわふわな髪は窓際に座ってると陽に透けて銀色に輝いて見える。
これは本人の思惑はいざ知らずすこーし目立っている。
ワイヤレスイヤホンを耳に入れ、大学の友達に教わった洋楽や、JPOP、KPOPなどを無造作に入れたものを携帯から聴いていると、割と集中できるので、てつやはいつもこれで集中力を上げていた。
ふと気づくと、目の端に靴の先が目に入り、てつやは顔をあげる。
見たこともない男が立っていて、気持ち悪いほどニコニコして『ここいいかな』とジェスチャーをしてきた。
てつやはイヤホンを外しながら周りを見回すと、ランチタイムも落ち着き空いてる席はちらほら見えている。
「え…いいですけど、他も空いてますよね」
一応そう言ってみるが、男は黙ってニコニコとてつやの前に座り、てつやはノートパソコンを少し自分に寄せて男の前を開けてやった。
相席とか…なんだろ…少し警戒をしながら再びイヤホンを耳に入れ、作業を開始しようとすると、イヤホンを入れる直前に
「加瀬てつやくんだよね」
と問われた。
「あ…はぁ…なんで俺の事…」
男は相変わらずにこにこしながら
「だって君有名人だもん」
それこそ『は?』と声に出てしまった。
大学では、目立たないようにを意識しているてつやは、そう言われて本当になんだそれ状態。十分目立ってはいるのだが…
「俺…?すか?」
「うんうん、君。だって君『誠一郎の女』なんでしょ?」
ああ…そっちか…
もう何回目だろうか、この手の話は…しかも大学にまでそんな話持ち込んできやがって。
驚きより怒りの方が大きい。
「は?なんのことですか?わけわかんない話するなら、違う席行ってもらってもいいですかね」
「僕は経済学部3年の野村って言います」
野村だかコムロだか知らないけどさ…とてつやはじっと男を見つめる。
中肉中背、しかし『大学生』と言うには少し歳がいっているような…でもまあ大学は何歳でも入れるし、それは関係無いか…。
いかにも大学生に見えるようなシャツとベストを着てデニムパンツを履き、髪は短く切りそろえた中学生のような感じ。
「自己紹介ありがとうございます。ではさようなら」
てつやは関心もなく、即座にイヤホンを耳に突っ込んでボリュームを上げパソコンに目を落とした。
スマホが鳴って、丈瑠はやっていたSwitchを止め電話をとった。
「何?稜。もう少し早かったら無視されてたぞ」
『なんの話よ。それよりいまM大の山キャンパスのカフェテリアにいるんだけどね、てつやが面白いことになってるんだよ』
稜は3年生の段階で司法試験に受かっていて、今大学には復習の意味で通っている。修習生に行ってもよかったのだがそれはいつでも行けるので、とりあえず大学の卒業資格を取るために学校へ来ていた。
法学部も経済同様山の上キャンパスだったため、たまたま寄ったカフェテリアでてつやの『面白いこと』に遭遇したのである。
面白いことと言ってる割には随分冷めた声な稜に
「あんまり面白そうに感じない声してるけど、なんなん」
『てつやね、変な男に相席されて、無視しようとしてるんだけどそれを許して貰えないみたいな…変な空気』
「なんだそれ、わけわかんね。それを俺に知らせてどうするんよ」
スマホを肩に挟みswitchのゲームのスタートボタンを押して、紫色を塗るチームとして参戦。
『ちょっとさ、これからまずい方向に発展しそうだからさ〜ってほらねえ』
なんかが起こったようだが、ほらねえ とか言ってる割に稜が動いた気配もない。
「なに?何が起こったわけよ」
まだゲームをしながら、そんなこと言ってるけど多分大したことでもなさそう、と思っているが
『なんかねえ、強引に外に連れ出されようとしてるんだよね。随分抵抗してるけど』
「はあ?なに、どういうことだよそれ」
ゲームも無断で中断し、電話に集中。
『最初から変なやつだったんだよね。てつやが無視しようとしても、指で輪っか作ってそこに指スコスコしたりしててつやにアピールしたりさ』
「それって…」
『そうそう そういう表現よ』
つまり、その男はてつや をそういう狙いで、真っ昼間から大学のカフェテリアに来ている変態さんだということか…
「でも、あいつならそんなへなちょこ殺 れるんじゃねえの?」
『まあ…そうかもしれないけど、店の周りのチンピラと違ってこちら一般の方ですし〜大学構内ということもあっててつやもなかなか手が出しづらそ』
「お前案外呑気にしてるけど、そんな雰囲気なら別段問題ないんじゃないのか?」
『う〜ん…カフェテリア中に響く怒声と、引っ張り出されそうな美青年と中肉中背のとっちゃん坊やみたいな人…』
なんだそれ…丈瑠は思わず耳を離してスマホを見つめてしまう。
「なんなんだよ、離せって」
精一杯の怒りを込めて怒鳴るが、野村は意にも介さずてつやの手首を握ったまま
「いいから、行こう?誠一郎とやってること、僕ともしようよぉ」
と、ニヤニヤしてる。ゾクっとした。あの事件の男…大崎と同じ目をしてる…。
「ふざけんな!何もねえよあの人とは!変な勘違いで欲情してんじゃねえ!離せっ」
「何もないわけないだろ?そんな壮絶な色気振りまいて、何もなかったら生まれながらの淫乱かな?」
「そっ!」
そうぜつないろけ…?初めて言われたけど、俺ってそう見えるの…?
力が抜けたてつやを一気に引っ張って、男はカフェテリアを出ようとするがそこにやっと現れたのが、
「ちょっと、手を離してあげてよ」
稜だった。
「え、稜⁉︎」
「たまたまねみつけちゃって」
男は稜の出現に一瞬怯むが、こちらも相当に可愛い顔立ち。
「え、君てつやくんの友達?じゃあ一緒に行かない?」
ニヤニヤしたまま手を出してくる男に
「貴方には、侮辱罪、名誉毀損、未成年者掠取及び、高城誠一郎氏に対する侮辱罪と名誉毀損、それとカフェテリアへの騒乱罪 この6つが今のところ課せられますけど、覚悟はあるんですか?」
と、言い放つ。
男はワナワナと震え稜を睨みつけるが、てつやは『稜ちゃんかっこいい』と、うっとり見つめている。
「この子は未成年じゃないでしょう。だったら…」
「てつやはまだ18です。18歳は未成年掠取の対象ですよ。どうしますか?警察呼びますよ」
「こんなウリ専のガキをどうしようといいじゃねえか!どうせ金もらってヤってんだろ!金なら出すから行こうって言えばいいのか?ならだすぞ」
やっと本性を出してきた野村。周囲がざわめいたのも、野村は気付かなかっただろう。
大体、真っ昼間から、大学のカフェテラ スで、そんな大声で、
「何言ってるんですか?この子はウリなんてやってないですよ。長いこと友達やってますけど、この子はそれは絶対にしていない」
「しょしょ証拠は?やってないって言う証拠はあるのか!」
「じゃあ貴方はこの子がヤってるって言う証拠をお持ちなんですか?」
何を言っても返されて、男はイライラしてきている。
てつやはその間に、パソコンをリュックへ入れ、上着を着て帰る準備はオッケーだ。
「誠一郎の女っていう噂は証拠にならねえのかよ!」
「それだけでは売り専ボーイの証明にはならないでしょう。しかも誠一郎氏との関係性だってそれだけではね」
クスッと笑って煽る稜は、それこそ壮絶に綺麗だ。なんかこの状況楽しんでる風もある。
男は押し黙り、もう何もいうことができないようだ
「これ以上ここで騒ぐと、この子が大学 に居辛くなるのでもうやめてくださいね。ああ、貴方は男を買う人として名が通ってしまいましたけれど…」
と言いながらてつやを連れてカフェテリアの入り口へ向かい、すれ違いざまに男に顔を近づけて
「大丈夫ですかぁ?」
と、盛大に煽り散らかした。
「ご自分の先々を心配なさってくださいね〜」
そう背中向きで言いながら、稜とてつやは外へ出る。
今後のてつやの煽り体質は、元々あったかもしれないが、確実に稜に学んだところは大きいと言わざるを得ない。
「助かったよ稜、ありがとう」
「てつやならヤリすごせると思って見てたけど、やっぱ一般人には手を出しづらいみたいだったからさ」
「まあ、大袈裟になっちゃうと店とかにも迷惑になるし、今回は誠一郎にも影響出かねないと思って」
多少大袈裟にはなっちゃったけどな、などと並んで歩きながらそんな話をしていると、後ろからいきなり稜が突き飛ばされた。
「うわわっ」
「稜!」
と、てつやが咄嗟に手を出して上半身を支えるが、強く膝をついたようだ。
庇いながら後ろを見ると、さっきの野村が真っ赤に興奮して立っていて、稜を殴ろうと拳を振り上げている。
「お前!いい加減にしろ!」
座り込む稜の前に立って、振り下ろされようとした腕を掴み、胸ぐらを掴もうと右手を伸ばした時、それは横からの手がさらっていった。
「後は俺が。お前は手を出すな」
丈瑠が男の襟元を締め上げて
「下がってろ」
と2人に告げる。
「丈瑠⁉︎あ…うん任せた。稜、大丈夫か?」
不意に現れた丈瑠にも驚いたが、まずは稜だ。
「ん、ちょっと腰いわしたかも…あと膝…いったー」
大きな声で言えないが、腰はある意味業務に差し障りがあるんじゃあ…
てつやは稜を支えて、丈瑠と野村から離れたところのベンチへと連れて行った。
丈瑠はそれを見届けてから
「どこから聞きつけたか知らないけどさ、さっきから誠一郎さんの名前連呼してるけどあなた誠一郎さんがどんな人か知ってて名前出してます?」
胸ぐらを掴んで、締め上げるように上へと持ちあげた。行動とは裏腹に丁寧な言葉で野村に顔を近づける。
野村は苦しさに声が出せないようだ。
「誠一郎さんのことを、その辺の買春 ※1親父だと思ってませんかね。だとしたら飛んだ思い違いですよ」(※1 かいしゅん表記はわざとです)
足をバタバタさせ、丈瑠の腕をタップしながら野村は顔を違う意味で赤くしている。
その胸ぐらを掴む手を緩めて、丈瑠は野村の足を地面につけてやると野村は
「勘違…い…?」
苦しそうに咳き込みながら、丈瑠の言葉を反芻した。
「やっぱそう思ってたんですか?バカですね」
相変わらず顔を近いところに寄せて、丈瑠は嘲るように笑う。
「誠一郎さんは、新市街の裏と表を仕切ってる人物ですよ」
野村の顔が赤から青くなりかけて紫気味に…(なるかな?)
「そして、あんたが絡んだてつやは、誠一郎さんが自分の恩人だと唯一気にかけてるカタギの子だよ…そんな子にあんた…」
野村の顔がいよいよ青くなってきた。
「よかったですね、この騒ぎを新市街で起こさなくて…。そんなことしたらもう…今頃誠一郎さんの事務所かな…事務所ならいいね」
丈瑠もまたそこそこ顔で売っている。その顔で嘲 られ、笑われると一層の迫力が増す。
丈瑠は手を離すと同時に野村を地面へ突き倒し、
「さっきあのちっさいのが言ってた罪状に、ちっさいのへの暴行罪がプラスされたねえ。示談でいいんだけど…うちのボスと相談してみるね」
稜は、丈瑠と話していた電話を切らずにずっといたために稜がてつやを助けに向かってからの状況は丈瑠は把握済みなのである。
ニコッと笑ってじゃあね、とてつやたちのところへ向かおうとする丈瑠の背中に
「お…俺が突き飛ばしたって言う証拠は無いし、今俺を突き飛ばしたのは暴行罪にはならないのか!なるだろ!」
丈瑠は足を止めて振り返り
「これのこと?」
と、野村が稜を突き飛ばした瞬間の映像をみせた。野村の動きが止まる。
「ここで今遠巻きにしているみなさんが目撃者でもいいんですけど、だれもこんなトラブルに巻き込まれたくはないですもんね。確かに証拠は大事です」
「あと、これもある」
てつやが丈瑠の脇に立って音声マックスでボイスレコーダーを起動した。
『誠一郎って人と、毎晩こんなことヤってるんでしょ?(指スコスコ)他に男相手にしたりもしてそうだなあ…それなら僕と一回くらいよくない?』
周囲が騒ついた。さっきのカフェテリアで席に着いていた時の声だ。
「証拠は大事っすねえ」
てつやは、こんな派手なのはなかったが、いままでも『誠一郎の女』で粉をかけてきたやつが多いので、ボイレコは常備して、怪しい時に起動する癖がついていた。
「ほんと昼間からよくやるとしか言えないよね。ちょっと、僕の腰は医者にかかるレベルだけど、ちゃんと治療費請求するからね。『本名』と住所置いてって」
稜も腰をさすりながらなんとか2人の隣へやってきた。野村はギクっとしていまだに地面に座ってた体を反転して逃げようとした、が、もちろんそれは丈瑠に上着の裾を引っ張られ止められた。
丈瑠は後ろから野村に抱きついて、
「そんなにやりたいならさ…?俺でもいんじゃね?」
などと言いながら体を弄 り始める。
野村は ーえ?ーとなりながらも、丈瑠の指遣いに体を硬直させた。
「そんなに緊張しなくたっていいよ、俺に任せておけばいいからさ」
などと言いながらズボンの上からお尻まで指を這わせ、耳元で囁いている。周りには言葉は聞こえないが、行動がちょっとやばい。
「やることエゲツな…」
稜が半笑いでそれをみていたが、てつやは何が何やらわからずにいる…がすぐに結果がでた。
「はい、財布ゲット〜」
「あ!」
野村は尻ポケットを確認してから手を伸ばすが、185超えの上リーチの長い丈瑠が腕を伸ばしてしまうと全く届かない。
「金が欲しいんじゃないのよ。これが見たかっただけ」
財布から免許証を取り出して、お財布は返してあげてから免許証を読み上げる
「佐藤 太郎 1979年3月3日うまれ 住所はぁ…」
丈瑠がそこまで言った時に、誰かが呼んだのかお巡りさんが2人やってきてしまった。
まあ調べを受けたとしたってこっちには証拠山盛りだし、全く痛くはない。が、できるだけ警察沙汰は避けたかったなとは思う。ここまでやっておいてとも自覚はあるが…。
その場はお巡りさんの采配で、お決まりの『一旦署の方へ』で収まった。助かったのは自称野村こと佐藤さんだっただろうが、佐藤さんはこれからが大変だった。
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