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第4話 魔王様、初めての痛み①

 宿を立つ朝、ルナトゥスは正体を人に漏らさぬよう、ジェイミーに固く誓わされた。  ルナトゥス、は魔王の名前だ。誰がつけたのかは知らない。ルナトゥスは物心がついた時にはもう魔の森にいて、狼に育てられたのだ。  そのうち、自分には強大な魔力があることに気づき、森へやって来て狼を狩ろうとするイキモノ達を追い払った。     やがて、強いイキモノも来るようになり、中にはルナトゥスを保護したいのだと言ってくる者もいた。が、当時のルナトゥスには言葉はわからず、そのイキモノも魔力で傷つけた。イキモノは絶大な魔力を前に、生命の危機を感じてすぐに去って行ったが、その際に繰り返し呟いていた「お前はそれでも人間か」の言葉が、ルナトゥスの頭に強く残った。  そして、成長するに連れこっそりと森の外の様子を窺ううちに、自分は「人間」という種別のイキモノであり、違うのは生まれながらに魔力を持っていること、おそらくこの力があるために森に捨てられたのだろうということを予想した。  狼に食い殺されればいいと思われたのだろう。しかし魔の森に棲む狼は魔の属性の生き物だ。狼達は捨てられた赤子が大魔王となる存在であることを理解し、長きに渡り守り守られてきたのだった。  だからルナトゥスに家族や人間への情はない。生きていくために、狼が用意する食糧だけでは足りなくなり、魔力を使って村を襲い、富を奪うことに躊躇はなかった。ただ、ルナトゥス自身も理由はわからないが、人間の生命を奪ったことだけは一度もない。  ジェイミーに言った「骨の髄までいたぶる」「食らい尽くしてやろう」は魔王としての高言で、美しい女を見ても、魂は脂臭くて食欲には繋がらなかったし、魔の森に乗り込んでくる勇者の血気盛んな精気を吸ってやろうとはしたものの、魔王の欲を満たしそうな完全な気にはありつけず、記憶を消して森の外へと帰していたのだ。もちろん生命自体を奪うことは造作もなかったが、なぜだが意味がないような気がして、結果、傷つけることはあっても生命を搾取したことはない。 「わかったな、ルナトゥス。君が魔王だとわかったらみんなが君を捕らえて、その……痛いことをするかもしれない。だから魔王であることは絶対に知られちゃならない。もう魔力もないんだから大人しくしてるんだぞ?」  昨夜から何度同じセリフを聞いただろう。しかも、記憶はそのままあるのだから魔力と体が戻ったら覚悟しておけ、と驚かしたのに、ジェイミーは死を連想させる言葉を一切使わず、幼子に対する年長者のようにルナトゥスに言い聞かせ、頭まで撫でてくるのだ。  そして、最後に言った。 「必ず俺が守るから」  ルナトゥスはそれを聞いて、抱きしめられた時みたいに胸が苦しくなった。でも、苦しくて痛いのに、ぽかぽかほわほわもした。初めての感覚だった。  実年齢は知る術もないが、捨てられたあと、物心がついてから二十余年はゆうに経っているからルナトゥスはそれなりに大人なのだろう。しかし生い立ちにより人間が持つ気持ちの理解はできない。狼達を守って来たのも「魔種の保存」の潜在意識からだ。守るという意味さえ知らない。  それでも、狼達を一度も傷つけなかったように、ジェイミーにも手を下したくないと思った。   (なんなのだ。この「ぽかぽかほわほわ」は)  ルナトゥス、現在、身体年齢三歳程度。この時芽ばえた気持ちの理由を知るのは、まだしばらく先である────

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