さてさて。そんなこんなでルナトゥスは今、ハンナとジェイミーが暮らす家で食卓についていた。 　胸にはジェイミーが子どもの時に使っていたくまさんの顔の形の前掛け。耳と鼻の部分にフワフワした細工がしてあって、ジェイミーのお気に入りだった。 　 （く、屈辱的すぎる） 　ルナトゥスは片手に持ったフォークを握りしめた。 　服だって、近所の子どものお下がりの、オレンジ色のかぼちゃパンツに色とりどりの魚の刺繍のベスト。さらに赤と黄色と緑の縞模様のニーハイソックスまで履かされている。 　腰まで垂れていた漆黒の髪は肩で揃う長さになったが、これまで結ったこともないのに、ハンナにより後ろ一本で綺麗に編み込みにされた。 　ルナトゥスが椅子から落ちたあと、オロオロするばかりだったジェイミーを制してルナトゥスを抱き上げ、優しく体を撫でたハンナ。 「よしよし、大丈夫よ、痛くない痛くない。ほらいい子ね。……かわいそうに。こんなに小さいのに、気を遣って出ていこうとして」 　それから声質を一変させて鋭くした。 「ジェイミー！　今回ばかりは責任を持ちなさい！　この子の面倒をしっかりと見るのよ」 　で、どういうわけか、ハンナと村の重鎮達の承認を得て「可哀想なみなし児のルナトゥス」はココット村の一員となり、ジェイミーとハンナの家族として育てられることになったのだ。 （人間とはなんと愚かな(ちょろい)生き物なのか……魔王の仮の姿とは疑いもせず、得体の知れない子どもに情けをかけるとは） 　ルナトゥスは馬鹿げた茶番に付き合うつもりはなかった。だが魔力のない幼児の体は、どうにも自分の指示に従わない。 　ハンナに抱き上げられた時、自然と体を預けて、なんならすりりとすり寄っていた。くすんくすんとしゃくり上げ、腕をハンナの首に巻きつけていた。 「やーん、かわいい似合ぅ」と称された服は脱ぎたかったし。前掛けは外して破ってやりたかった。 　けれど、ハンナの柔らかい胸の中にいると苛立ちが薄れて、慣れない手つきで着替えを手伝ったジェイミーの額の汗を見るとできなくなって、さらに目の前に湯気がたった食糧を置かれると、握ったフォークも投げられなかった。 　ぽかぽかほわほわ。 　感じたこともないのに、昨夜からそんな擬態語が頭に浮かぶ。 　ぽかぽかふわふわ。 　胸の中がいっぱいで、胸のあたりが熱くなる。 　思い通りにならない自分の小さな体を持て余しつつ、ルナトゥスは初めての「ぽかぽかほわほわ」の正体がなんなのかを知りたいと思った。 　 （ふん、愚かな人間どもめ。いいだろう。始末するチャンスはいくらでもある。今は貴様らの茶番に付き合ってやる） 　ルナトゥスは「ぽかぽかほわほわ」にその言葉を上書きし、しばらくジェイミーの家に身を置くことを決めたのだった。 「ん……んまっ。んまっ……あちっ！」 「こら、ルナトゥス。ちゃんとスプーンとフォークを使いさない。シチューと焼きたてのパンを手づかみで犬食いなんて、火傷するわよ！　いやだ、なにも躾られてないのかしら」 　ハンナが慌てて布巾を出すが、ルナトゥスは口まわりが汚れるのも厭わず、夢中で頬張った。過去、襲ってきた村々で贅の限りを尽くしてきたが、こんなにおいしいと感じた食べ物はなかった。 　今まではなにを食べても旨味を感じたりはしなかったのに。 「ルナトゥス、姉さんのクリームシチューとパンは最高だろう？」 　見ればジェイミーもパンの屑を口の端にくっつけている。スプーンには大きめに切ったじゃがいもが、白いクリームをまとって乗っていた。 「もう、ジェイミーも……そうね、ジェイミーもルナトゥスくらいの時は犬食いで、母さん達に笑われていたわね」 　ハンナは懐かしそうに目を細めた。しかし、すぐにジェイミーを睨みつける。 「ジェイミー、集会所でも言ったけど、これからはアンタがルナトゥスの面倒を見るのよ。今までは私がアンタの面倒も見てきたけど、それも終わり。家事も畑仕事も毎日しっかりやって、父親代わり、兄代わりとして責任持って育てること。わかったわね！」 「そ、そんなぁ～、家事も畑仕事も俺にはできないよ！　ましてや子育てなんて！」 「情けないこと言うんじゃないの。あんたは悪名高き大魔王……私はよく知らないけど……それを倒してきたんだから、元気があれば、なんでもできる！　頑張りなさい」 「ええ～？　姉さん、助けてよぉ。無理だよぉ」 　だって、本当は俺、なにもしていないんだ……ジェイミーはプラチナブロンドの髪をふわふわとさせて首を振った。元より濡れたように光る瞳をさらに濡らし、白い肌は桃色に染めて。 　横でそれを見ていたルナトゥスの目と胸は、今度はチカチカキュ、としていた。これから先、何度も何度もチカチカキュ、するのだけれど、その眩しさや痛みの理由がわかるのも、まだしばらく先。 　なにはともあれ、ショタ化大魔王様と子育てスキルレベルゼロ勇者様の「ほかほかほわほわスローライフ、のちビッグラブの物語」 　はじまりはじまり。