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第7話 勇者様、子育て開始する

 子育て生活一日目  不安しかない。今日は姉さんが食事を作ってくれて、湯浴みやトイレを手伝って教えてくれたが、明日からはこれを全部自分でやるのだ。それに明後日からは村の畑を手伝うように言われている。学校卒業後、遊んでばかりいた俺にやれるのだろうか。  ジェイミーは日記を記すと、大きくため息をついてノートを閉じた。  成人した今でも自分のことさえハンナに任せなのに、幼児を育てるだなんて。   (いや、ルナトゥスは魔王の記憶はあるから普通の子育てよりは楽なはずだ。中身は大人なんだから……いや駄目だ。大人の振る舞いをしたら異質の目で見られてしまうし、逆に目立ってしまう。だから正体を隠すよう言い聞かせたんだった。……そうだ!) 「ルナトゥス!」  ジェイミーは敷物の上でごろごろしているルナトゥスに振り返った。 「ふふっ、ふふっ……」 「!?」    一体どうしたというのだろう。ルナトゥスがぷにぷにほっぺを持ち上げて楽しそうに笑っている。  近づいて様子を見ると、手にはハンナが用意した絵本を持っていた。 「ルナトゥス?」  「ん? なんだ? 今いいところなのだ。話ならのちほど()いてやるから(しょ)こで待て」  どうやら今のルナトゥスは「き」や「そ」の発音が上手くできないらしい。だから偉そうに言うのにちょっと可愛い。 「なに読んでるんだ? ああ、これか。俺も好きだったな」 「うむ。傑作(けっしゃく)だな。(うしゃぎ)が|くつ(くちゅ)を貸したらほかの者も借りたくなり、それでだんだん(くちゅ)が伸びて、最後(しゃいご)には虫のすみか(しゅみか)になるとは。ふ、ふふふ」 (えー。ちょっと待って待って。君、悪の大魔王だよね? 絵本でそんなに楽しそうな顔しちゃうの? めちゃくちゃキュートなんだけど!?)  ジェイミーは思わずルナトゥスの小さな体を抱きしめてしまった。育児スキルはなくとも、小さき者を愛でる心はいっぱしにあるらしい。 「な、なにをする(しゅる)!」 「あー、ごめん。可愛くてさ。ほら、俺が他のも読んでやるから、膝においでよ」 「は? 可愛い? 膝だと? 貴様(きしゃま)、魔力のない(わりぇ)を背後から襲うつもりだな?」 「なに言ってんの、今さらしないよ。俺はさ、ルナトゥスの父親か兄の代わりになったんだからさ」  言葉を言い終えないうちにルナトゥスを軽々とかかえ上げ、背面からあぐらの膝に乗せた。腕を回し、別の絵本を取ってゆっくりと読み始める。 (自分で読めるから良い)  ルナトゥスはそう言って体を離そうと思ったが、やはり体は自分の言うことを聞かない。  ジェイミーにもたれ、調子のいい語りに耳を傾けてしまう。そのうちまた、体全体がぽかぽかほわほわして、なんだか瞼が重くなってきた。 「あれ? ルナトゥス、眠いのか? 待て待て。寝る前にトイレだ。えっと、それから……」  うとうとするルナトゥスをトイレに連れて行き、洗面所で手を洗わせる。ハンナに指示された通りだ。 「そうだ。ルナトゥス。もう一度言うけど、絶対に魔王だと知られちゃならない。だから明日からは言葉使いも気をつけて。我、とか、貴様、とか絶対に駄目だからね」 「んー……??」  大人の体だった時、眠いなんて感覚は経験なく、いつも意識が研ぎ澄まされいたルナトゥスは初めての「眠気」に頭がぼんやり。ジェイミーの言葉も良く聞き取れない。 「わかった? 約束だからね。約束を破ったらお尻ペンペンだよ」  昔、母親やハンナに何度も言われ、実際にされたことをルナトゥスに言うジェイミー。まさか弱冠二十歳でこれを誰かに言う日が来るなんて。   「んー……」  どうせまた、正体がどーのこーのってやつだろう。  ルナトゥスはぼんやりしたまま「約束」だけを聞き取り、適当に頷いたあとのことはもうわからなくなった。  ああ、でも……。 「おやすみ、ルナトゥス」  優しい声は聞こえたのかもしれない。眠っているのに、ルナトゥスのほっぺにはえくぼができていた。

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