22 / 49
第22話 勇者様も成長中?
子育て生活百日目
とうとうこの日記も百回目となる。感慨深い。初めはどうなることかと思ったが、羊ちゃんシリーズの料理は制覇したし、畑仕事も男達の中に入れるようになった。もしや俺ってやればできる子では? 顔も良ければ体もいい。この様子だと彼女ができる日も
そこまで書いて、ジェイミーは「彼女ができる日も」を消した。
「この様子だとますますいい父親になりそうだ、と。よし、オッケー」
頷いて日記を閉じる。
ついさっきルナトゥスを学校に送り出したジェイミーも今から農園の仕事だ。
十一月のこの時期は気温が低いから害虫の心配が少なく、葉物を育てるのに適しているらしい。
今日は春に収穫するルッコラやほうれん草、小松菜の種付けをするのだと聞いている。
「楽しみだな。葉物は美肌の効果も高いし、うまく育つといいな」
先月床屋のエリーからも教えてもらったのだが、農園で仕事をしていると野菜の栄養価にも詳しくなってくる。
今日種を蒔くルッコラも、ビタミンCとEにβ-カロテン、鉄などが豊富だ。 ホウレン草と比べてもビタミンCは約ニ倍、カルシウムは約三倍も多く含まれている。
(ルッコラが採れたら、サラダもいいけど卵と炒めたら蛋白質も取れるから美容にもいいな。ルナも好きそうなメニューだ)
ジェイミーは先月、ダイエットを決めてから糖質制限をして野菜と蛋白質中心の食生活を心がけていた。その結果無駄な肉は落ち、肌の日焼けもシミを残さず引いてきている。
また、農園での仕事も自分から志願して重い鍬や鋤を持って耕作に励んだ。すると、筋肉が少なからず付いてきたようで、今までになく引き締まった体になりつつあった。
だがしかし、どうにも彼女はできそうにない。というのはここ最近、ルナトゥスのジェイミーへの独占欲が激しいのである。
結婚宣言をしてからというもの、ルナトゥスは学校の時間以外、ジェイミーにとっては労働時間以外だが、ぴったりとジェイミーにくっつき行動を共にするのだ。
学校の友達と遊ぶよう伝えても、学校で遊んでいるからと言ってジェイミーの腕に絡まりジェイミーの行く先に着いてくる。
ちなみに出先でジェイミーに話しかける娘がいれば、ジェイミーの後ろで目を三角にしていることまでは、ジェイミーは気づいていない。
(仕方ないか。姉さんも今が一番甘えたい時期なんじゃないかと言ってたし)
ハンナの読みはこうだった。
「ルナは、体年齢が推定三歳から十歳位に突然変化したから、精神年齢が追いついていないんじゃないかしら。もしかしたら今って平均して五、六歳位の精神年齢なのかもしれないわ。前にそのうち親離れするわよ、とは言ったけど、この様子だと今しっかり甘えさせておかないと、マザコンみたいになって、いつまでもジェイミーにくっついているかも……」
それは困る。ジェイミーも、ルナトゥスのいつかは来る親離れを寂しいと思ったりはしたが、本当に一生べったりでは、互いに良くない。
ハンナの言う通り今は甘えたいだけ甘えさせて、立派に自立させねば……!
(ルナトゥスのご両親とも約束したしな。それにしても子育てってやっぱり大変だな。自分を犠牲にして、ってところがある。ルナトゥスは元は魔王の記憶があったし、なくなったと思ったら体が大きくなって自分のことがたいていできたから、俺なんかそこまで大変じゃないけど、世の中のお母さんたちは凄いな……姉さんもそうだったんだよな)
ジェイミーの両親は、ジェイミーが七歳の時に慣れない漁にチャレンジしに行って波に攫われ亡くなった。兄達がそれぞれ九歳と十一歳、ハンナが十五歳の時だ。
それからハンナは村人の助けを借りながらも、弟達三人の母代わりとして年月を費やして来た。同じ年頃の娘達が華やかに着飾り、楽しい時を過ごすのを見て、どう思っていたのだろうか。
(ルナを育てることになってようやく姉さんの大変さに気づくなんて……俺はろくに仕事もせず遊び歩いてばっかりで気苦労かけてたな……こうして気づけたのもルナのおかげだ)
「ジェイミー、そろそろ出ないと!」
居間からハンナの声。
そうだ、農園に行く時間だ。ジェイミーは作業ブーツに履き替え玄関に走った。
「行ってきます姉さん。あのさ、俺、これからは姉さんにも幸せになってもらえるようにもっと頑張るからね!」
「え?」
ハンナはきょとんとして、駆け出すジェイミーの背中を見送る。
(急におかしな子ね。でも、最近またしっかりしてきたみたい。頼もしいわ)
自然に笑みがこぼれたハンナは、父と母の遺影に手を合わせ、自分も畜産場の仕事へと出かけたのだった。
ともだちにシェアしよう!