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第21話 魔王様結婚を誓う
「ジェイミー、なにやってるの!」
振り向くとルナトゥスがいた。ルナトゥスはジェイミーに駆け寄り、ぐいっと腕を引いてエリーから引き離した。
「ルナ、帰ってたのか」
「うん。学校から戻ったらジェイミーがいないから探しに来たんだ。寂しかったよ。ねぇ、早く帰っておやつを食べようよ」
「寂しかった」を猫なで声で言って、ジェイミーの腕に頬を擦り寄せてくる。そんなに可愛く言われると、お父さん、顔が緩む。
「そうかぁ。ごめんな。ルナ。じゃ、エリーちゃん。そういうことで!」
「えっ? ちょっと待ってよ、ジェイミー」
他の女に奪われる前にと、ジェイミーに渾身の誘惑で迫ったのに、あっさりと振られてしまったエリーはジェイミーを呼び止める。しかし、すかさずルナトゥスがその間に入った。
「おばちゃん、さようなら。ジェイミーは僕と帰るから見送りはいらないよ。バイバイ、おばあちゃん」
「お、おばっ……!?」
「こらっ、ルナトゥス。エリーちゃんは俺より二つ年上なだけだぞ。お姉さん、だろ?」
二人の言葉など意に介さないルナトゥスは、ジェイミーの手を引いて駆け出す。エリーが呆然としてその場に立ち尽くす姿に、ジェイミーは「ごめんね~」と謝りながら手を振った。ルナトゥスがエリーにあっかんべぇをしていることには気づかずに。
家に帰るとまずは手洗いうがい。ルナトゥスと一緒にジェイミーも洗面台に並ぶ。が、鏡には内面から光を放つような美少年と、パンパンほっぺたに二重顎、よく見たら目も肉の中に埋もれて小さく見える男。
(ほんとに、いつの間にか太って……ダイエット頑張らないと)
「どうしたの? ジェイミーも食べようよ」
生クリームを添えた甘いふんわりカステラの誘惑。このカステラは、はちみつと胡麻の油を混ぜた風味豊かなカステラで、昨夜ルナトゥスが寝てからベッドを抜け出してジェイミーが作ったものだった。他の材料は小麦粉と卵と砂糖だけというシンプルさだが、とても柔らかくて優しい味がする。
だが、糖質の塊だ。ジェイミーだって、食べたいのは山々だが、ダイエットをしなければ。
「俺はいいよ、痩せないといけないから、しばらくはおやつを抜くよ。ルナトゥスは好きなだけ食べな」
「ジェイミー、急にどうしたの? さっきの女の人が言ってたけど、誰かと結婚、するから……?」
ルナトゥスが不安そうにジェイミーを見上げた。
「えっ。いや、今すぐじゃなくて。でもほら、俺もまだ若いからこの先を考えるというか。彼女だって欲しいし……」
いや、俺は子供になにを言ってるんだ、と頭をプルっと振る。
「ともかく、ルナトゥスだって保護者はかっこいい方がいいだろう?」
子供に恋愛関係の話をするのは流石のジェイミーでもとまどいを感じるようだ。取り繕うように身振り手振りを添えて釈明する。
「僕はどんなジェイミーでも好きだけどな。さっきの女みたいに姿かたちにはこだわらない……」
女、って言い方は失礼だぞ、と口に出しかけてドキリとした。
ルナトゥスが自分の椅子から降りて、ジェイミーの膝を跨いでピタリと身を寄せて来たからだ。
三歳の姿では良くあったが、大きくなってからはこんな抱っこはしていなかった。
「ル、ルナ?」
「ジェイミー、僕が邪魔? 結婚したくなったら、僕を捨てる?」
「えっ!? いや、だからそれはルナが大きくなったらの話で。しかも捨てるなんて……俺はちゃんとルナの成長を最後まで見守………」
またもや最後まで言えなかった。
「!? !? !? ~~~~!!」
なんと、今。
ルナトゥスの唇がジェイミーの唇に重なっている。
ジェイミーは状況を理解できず、ルナトゥスにされるがままだ。
ルナトゥスはジェイミーの首に手を回し、唇をちゅるんと吸うと、ゆっくりと離した。
「ジェイミー、結婚なら僕がしてあげる。僕がずーーーーっとジェイミーのそばにいてあげるからね」
「!? !? !?」
「今のは約束のキスだよ。忘れないでね」
ニコッと笑うと、もう一度ちゅぷっとジェイミーの唇を吸い、膝を降りる。
ゴンッ……ジェイミーは驚きのあまり石化して、椅子から倒れ落ちてしまった。
「俺の、ファースト、キ、ス……!」
そうなのだ。女の子と遊び歩いていたジェイミーは本当に遊び歩いていただけで、実はキスの経験さえまだだったのだ。
だから先ほど、トモエの誘惑にも痛いほど心臓を踊らせたのに……!
(俺の、俺のファーストキスがぁぁぁ~~)
ジェイミーは石化のまま涙を流した。
「ただいま~。いやだ、ジェイミー、床に寝転んでなにしてるの?」
外出から戻ったハンナが怪訝な目を向ける。
ルナトゥスはもう、ニコニコとしてカステラ一切れ分を食べ終わっていた。
***
「まあ、そんなことが」
ルナトゥスが寝てからベッドから抜け出し、今日の出来事を涙ながらにハンナに話すジェイミー。
「そうなんだよ。もう俺ショックで……」
「あら、でも、ファーストキスじゃないわよ」
「えっ」
「ジェイミーも、小さい頃お母さんと結婚するんだ! って、お父さんの前でチュッチュッしてたもの。覚えてないのね」
(そうだったのか……母さんがファーストキスの相手……いや、それもどうかとは思うけど。ああ、でも)
「じゃあさ、ルナの言ってたことも、子供なら良くあること?」
ファーストキスのショックで薄れていたが、ルナトゥスはジェイミーと結婚しようね、と言ってきたのだ。男の子が男親にそんなことを言うものだろうか。
「そうね。普通は母親に感じる情だろうけど、ルナにはあなたが父親であり母親だし、普通の子供ではしない体験をあなたとしてきているわけだから、あなたへの愛情は深いかもしれないわね」
愛情が深いからだ、と言われてジェイミーの顔が赤らんだ。出来合いの親ではあるけれど、ジェイミーなりに一生懸命育児をしているし愛情を注いでいる。それが伝わっているんだと思うと、こそばゆい気持ちになった。
「そっか。親なら通る喜びみたいなもんだね?」
「まあ、そうね。そのうち大きくなればルナも好きな女の子ができて、ジェイミー離れするわよ。アンタと同じにね」
ハンナがウィンクを寄越す。それに笑いながら、それはそれで寂しいかもな、と思うジェイミーなのであった。
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