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第20話 勇者様、誘惑される
子育て生活五十四日目。
先週からルナトゥスは学校に行っている。初めはどうなることかと思ったが、さすが姉さんだ。先に村長に会いに行って「ルナトゥス、大きくなっちゃいました~。魔の森付近で拾った子供だから魔法スキルのある親から生まれた子かもしれませんし、昨日ジェイミーが言ったようにルナトゥスには潜在的な力があるかもしれません。ね、村長。この子、絶対に村に繁栄をもたらしますよ」とかなんとか言ってきたとか。
嵐の狩りの日の奇跡も手伝って、村長はすぐに「イイネ」と親指を掲げたそうだ。村の人たちはルナトゥスを拝みに来るし。本当に皆、お気楽だが、ルナトゥスも楽しく学校に行っている。きっとこれで良かったのだ。
ジェイミーは日記を閉じた。
今日は農園の仕事も午後からお休みだし、ルナトゥスは学校に行っているしで思いがけず暇ができた。
なんだか物足りない気分だ。
この二か月ほどの間、どこに行くにもルナトゥスと手を繋いで出かけ、目の届く範囲で遊ばせていたし、学校が始まってからは生活を整えたり必要な物品を準備したりでなにかと忙しかった。だから急に時間ができるとどうしていいかわからない。ルナトゥスが来る前までの自分は、日がな一日なにをしていたのだろうと思う。
(いや、女の子たちとキャッキャウフフしてたんだよ。そう言えば最近エリーちゃんやユリアちゃんと会ってない……ちょっとだけ行ってみるか)
村を出て十分後。早速隣村の床屋の娘のエリーちゃん発見。
「エリーちゃん、久しぶり~。紅葉狩りでも一緒にどう?」
「あら、ジェイミー! 本当に久しぶ……あら? なんだか雰囲気が変わったわね……」
エリーのテンションが振り向きざまと明らかに違う。向けてくる瞳にも、今までのようなハートの輝きがない。
「え? そうかな……」
「ええ、なんだか所帯じみたような……。肌も日焼けして荒れているし、ジェイミー、随分髪も切りに来ていないわよね。もさもさ伸びて艶もないわ。それに……」
エリーの視線がジェイミーの腹辺りに降りる。その視線を追ってジェイミーも自身の腹を見て、そして気づいた。
腰のベルトを繋ぐ紐の結びが緩くなっている。そう言えば最近、きつく締めると苦しくて、なんとなくだらんと結んでいたのだ。
けれど、朝晩ルナトゥスの支度に忙しかったり、夜も早く寝かせるために駆け足で時間が過ぎていくから気にも留めていなかった。ましてや自分の外見にかまう余裕なんてなかった。
(俺……小腹がぽっこりしてる……?)
当たり前だ。ジェイミーはルナトゥスが来てから朝晩三食、なんならおやつも一緒に欠かさず摂っているのだから。
「どうしよう、エリーちゃん。子育てに没頭しているうちにこんなことに……俺はまだ二十歳なのに、このままじゃ未婚の父になってしまうよ……!」
嫌だ。そんなのは嫌だ。俺は可愛い女の子と「エンダーーーー」をして、イチャイチャしてあんなことやこんなこともして幸せに暮らしたいんだ──ジェイミーは頭をかかえて嘆いた。
「ジェイミー、大丈夫よ。まだ若いんだから取り戻せるわ。この私に任せて」
流石は床屋の娘。エリーは美容ステータスが高いのだ。
「エリーちゃん……! ありが……いや、でもだめだ、俺、自分にお金をかけていられないんだ」
農園の仕事をするようになってから稼ぎはもらえるようになったが、まだまだひよっ子。給金はさほど多くない。しかも今までハンナが毎月くれていたお小遣いは稼ぎが入ると共になくなったし、稼ぎ自体はルナトゥスのものを買うのに使って消えていくことが多い。
「なにを言ってるの、ジェイミー。そんなんじゃ本当に結婚なんて……いいえ、それ以前に特定の彼女を作るのも無理よ!」
「そ、そんなっ」
「考えてもみて。いくら元はイケメンでも生活に追われて気を抜けばすぐに劣化するわ。しかもジェイミーは今やコブ付きよ? 誰がダッサイ子持ちの財産なしと付き合ってくれるのよ」
「そう言われるとそうだ……どうしよう、エリーちゃん」
「仕方ないわ。とりあえず髪を切るお金くらいはあるんでしょう? 肌を良くする方法は特別に教えるから。ほら入って」
エリーはジェイミーを店に連れ込んだ。
***
「さあ、髪は前みたいにはなったわね」
鮮やかにハサミを使ってカットして、オクラで作ったトリートメントを施したトモエは息をついた。ジェイミーのプラチナブロンドが、以前のように美しく光る。
「あれ? ねえ、でも俺……」
しかしだ。切ってすっきりしたらしたで、今度は以前より肉がついた頬から下が気になった。
「ジェイミー……食事も気をつけないと。あなたがこんなに生活に影響されやすい体質だなんて知らなかったわ」
それからエリーは、日焼けを防ぐ方法や糖質制限についてジェイミーに話しながら、ココット村の前まで送ってくれた。
「エリーちゃん。助かったよ。こんなにしてもらったのに散髪代しか払わなくてごめんね」
「いいのよ。今までデートの時は奢ってもらってたし……それに、ジェイミー」
「ん?」
「前みたいにカッコよく戻ったら、私が付き合ってあげてもいいわ。私、美容の仕事があるから稼ぎもそこそこあるし、子供も嫌いじゃないし……でも、拾った子供もあと八年もすれば独立するわよね? ちょっと遅くはなるけどそうしたら結婚も……」
エリーの指がジェイミーの胸をなぞる。目はまるで雌ヒョウだ。ジェイミーがドキマギしていると、エリーの顔が近づき、唇が重なりそうになった。
「エ、エリーちゃん……」
「ジェイミー!!」
(ん? この声は)
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