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第19話 魔王様、成長する
ジェイミーは「起き上がりこぼし」のようにベッドから上体を起こした。
いつも美しいエメラルドグリーンの瞳を今にも飛び出しそうにひん剥いて、ルナトゥスを直視している。
「? まだ寝惚けてるの? ねぇ、早く起きて。今日はオムレツを作る約束でしょう?」
ルナトゥスはジェイミーの太ももを跨いで肩を揺すっている。いつも通りの起こし方だ。
でも、でも。
(重くなってる。これ、確実に……)
「ルナ、なんででかくなってるんだーーーー!」
「ふぇ? ……わっ、やめてよ、ジェイミー!」
ジェイミーはルナトゥスの顔や体に触れまくって確かめる。すべすべした肌は同じだが、ぷにぷにだったほっぺは少し細面になっていて、髪は肩甲骨を超えて伸びている。また、昨夜までオーバーサイズだった寝間着はちょうどピッタリになっていて、太ももが裾からしっかりと出ていた。
「ふ、んっ……くすぐったいよぉ」
ジェイミーが太ももを辿り、腹に手を滑らせて肉付きを確かめると、ルナトゥスは身をくねらせ甘えた犬みたいな声を出した。
「どこから声を出してるんだ! いや、そんなの、この際どうでもいい。ルナ、お前、成長してるぞ!」
「??」
言われて、ルナトゥスは自分の手のひらを見て、それから首から下に視線を移した。
「あ……れ……?」
「か、鏡、鏡……」
ジェイミーはベッドから飛び降り、棚の上に置いてある手鏡でルナトゥスを写す。
鏡に映るのは、十歳くらいの少年だ。
漆黒のアーモンドアイを縁取るまつ毛は長く密接に生え揃い、唇は肌の透明感を際立たせる野いちごのような赤。かなりの美少年だ。
「え? え? ルナ? だよね。」
頬に手を当てつつジェイミーに確かめる。
ジェイミーは返事を声に出せずに頷いた。
(どうしよう。こんなの怪しすぎるだろう。せっかくルナトゥスが村の一員になれたと思ったのに……!!)
その時、ドンドントン!! と、部屋の扉を叩く音がして、ジェイミーは肩を震わせた。
「ジェイミー? ルナも、声が聞こえるから起きてるんでしょ? そろそろ朝食の準備をしないと。早く釜戸場にいらっしゃい」
(姉さんだ! どうしよう。誤魔化す方法をなにか)
回らない頭をひねるジェイミーだが。
「はぁ~い、今行く~」
ルナトゥスが元気よく返事をしてしまった。
「へっ!? ……ルナッ……」
待て、駄目だ! の声は間に合わなかった。ルナトゥスは寝間着のまま、跳ねるようにドアを開けに走った。
「お姉ちゃん。おはよう! 見て。ルナ、大っきくなっちゃった!」
「……!?!?」
ルナトゥスはニコニコ。ハンナはあんぐり。ジェイミーは顔面蒼白。
(終わった………)
***
「まあ、そういうこともあるのかもしれないわね」
ハンナはオムレツをフォークで割った。中からトロリとチーズが溶け出て溢れる。チーズの氾濫の中には薄くスライスした玉ねぎに細長く切ったベーコンが泳いでいて、口に含むとトロリの中に、甘さとしょっぱさがいい具合でハーモニーを奏でている。
「ひつじちゃんのチーズオムライス」を購入して良かったわ、とハンナは舌鼓を打った。ひつじちゃんシリーズはジェイミーにとって最高の料理絵本だ。
「いやいやいやいや、姉さん。ないからね? 全然あることじゃないからね?」
穏やかな朝食の時間を邪魔するのは一人で焦っているジェイミーだ。横に座るルナトゥスはジェイミーのお下がりの服を自分一人で着たあと、髪だけは難しいとハンナに櫛を渡し、後ろ一本のおさげにしてもらってご満悦だ。
伸びた背と、少しばかり強くなった力で朝食の準備も上手に手伝い、今はハンナ同様、蕩けるオムレツに頬が落ちそうになっている。
「あんたはすぐにそうやって焦る。なってしまったものは仕方ないでしょう? 成長した方がなにかと楽だからいいじゃないの。それとも、成長したからといってルナを捨てに行くつもり?」
「そうなの!? ひどいよジェイミー。最後まで面倒見てくれるって言ったじゃない」
違う。そこじゃない。二人は激しくずれている。
「……姉さんもルナも……いいですか? 人間は一日で三つも四つも年を取らないんです! ルナはどう見ても五年分以上デカくなってますよ! これを村の皆さんにどう説明しろと!」
「やだ。なにその話し方。しかもジェイミーのくせにまともなことを……あんた、ちゃんと勉強していたのね」
「ジェイミー、ルナ、十歳くらいってことでいい? ねぇ、ねぇ、じゃあ学校に行ける?」
やはり、ずれている。いやしかし、以前のジェイミーなら二人と同じように「びっくりしたー、でも、ま、魔法スキルとかあれば越したことないし、成長するとか得だな」とか言ったかもしれない。
(そうだ。このココット村は平和な村だけに、基本的には深く追求しない人たちが多い。なんだかんだルナを育てることになった時も承認が早かったし、風の噂だけで俺が魔王を倒したと信じ込んでるんだから)
ご都合設定万歳、というやつである。
ジェイミーはマグカップのミルクを一気に飲み干し、腕で口元を拭って頷いた。
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