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第39話 勇者様と魔王様の夜ご飯
ジェイミーは一心に早足で歩いて、時には走って、以前は三日かかった道を一日半に縮めて間の森に到着した。
だがおかしい。中に踏み入ったつもりなのに、気づくとぐるぐると森の周りを回っているだけ。いっこうに中に入れない。
(結界とか言うやつか? ……よし)
ジェイミーはハンナに持たされた荷物を丁寧に地面に置いて、勇者の剣を鞘から抜いた。
「解けよ、結界!!」
気合いを入れて振り下ろす。剣がキラリ、と光った。
……が、なんの変化もない。
(うっそぉ、恥ずかしい~。めちゃくちゃカッコつけたのにぃ!)
思わず内股になってしまった。だが気を取り直して剣は鞘に納め、次はハンナから預かった荷物の布包を解いた。
「よしっ……!」
中から出てきたのは、魔導具や武器ではなく、以前ルナトゥスと作った黒炭と、金物でできた網。
ジェイミーはそれを簡易竈門 として組み立て、火をつける。
それから、包みに残っているアルミ製の蓋付き容器を簡易竈に乗せた。中身はハンナ特製ホワイトシチューだ。
「うん、いい感じ」
風もないため火力は一定で、アルミ容器はすぐにぐつぐつと音を漏らし始める。
頃合いを見てジェイミーが蓋を開けると、甘い香りがふんわりと漂い、中身は照りよく茹だっていた。
「よぉし……」
ジェイミーは大きく息を吸い、腹から声を出した。
「ルナァ~ご飯だよーー。出ーてーおーいーでーー」
ここに他人がいたら「お前はアホか」と言われるだろう。ジェイミーも半分はそう思う。だが、半分はとても効果があるように思えている。
「ルナ~。姉さんのホワイトシチューだよーー」
返事はない。木々が揺れる音さえしない。森はしぃんとしている。
(うーん。駄目か。……なら……)
ジェイミーは包みに残っていた最後の荷物、麻袋に入った丸パンを出し、ステンレスの棒で刺して、アルミ容器の周りで焼いた。パンはすぐにほんのりときつね色に代わり、香ばしい香りを漂わせる。
「ルーナー、パンも焼けたよーー。これ以上返事が無いと、シチューもパンも焦げちゃうよーー」
またまた、他人が見ればジェイミーは狂ってしまったと思うに違いない。
「魔王討伐に来たのになにをやっているのか」と。
だが、ジェイミーは魔王を倒しに来たのではない。ルナトゥスを連れ戻しに来たのだ。
「いいのーー? なくなっちゃうよぉ~~」
そろそろ大声も疲れてきた。
「ご飯を食べない子は、姉さんの雷が落ちるよーー!」
「────っやだっ!!」
ガサガサガサッと音がして、ジェイミーとルナトゥス、ご対面!
「はっ! わ、我はなにを……!」
ルナトゥスは我を忘れた自身の行動に驚いて目を見開き、口元を手で覆った。
ジェイミーはははと笑いを漏らすと、優しく細めた目をルナトゥスに向ける。
「ルナトゥス、お腹が空いただろう? ご飯を食べよう」
***
「えっと、ジェイミー……?」
「ん? どうした?」
「あの、僕達なにしてるの……?」
完全に魔王の記憶が戻っているのだが、この一年半で五歳から十八歳を駆け抜け、日々をジェイミーと共に過ごしたルナトゥスには、"人間のルナトゥス"の言葉使いが自然になっている。同様に行動も。
だから竈門を前に、ジェイミーの隣でお行儀よく座ってしまっていた。魔王ともあろう者が。
「だから、ご飯を食べるんだよ。姉さんはすでにカンカンに怒ってるんだよ? ご飯を残した上、行き先も告げずに無断外泊をするなんてって。だからこれは、残さずに食べるんだ」
ルナトゥスは渡された碗を受けとる。
ちゃんと「さよなら」と伝えたのにと思いながらもシチューをスプーンで掬った。
(あったかい……)
口に含むとじゃがいもがほろりと溶けて、シチューと絡んで舌に膜を張る。
「おいしい……」
ルナトゥスの好きな、ハンナの得意料理。別れを告げた日の朝、ひと口も口をつけられなかった。それに、あれから今日までなにも食べていない。
シチューは喉を通り、胃に落ちても温かい。体全体がぽかぽかほわほわして、ルナトゥスの胸も熱くなり、鼻までじんとして涙が出てきてしまった。
ジェイミーはうんうん、と頷いてパンも持たせてやる。ルナトゥスはそれを夢中で食べた。
「さあ、食べ終わったな。ルナ、片付けを手伝って」
「はぁい」
ついいつもの釜戸場でのようにお手伝いをするルナトゥス。
だがふと気づく。
(我はなにをやっているのだ。こんなことをしている場合ではない)
「あの、ジェイミー。我……僕は」
──帰るつもりはないから。
言うのを一瞬ためらうと、ジェイミーが先に話した。
「ルナ、とりあえずこんな通路で話すのもなんだから、|森《なか》に入れてくれないか?」
「えっ? でも、もう暗いから……森は真っ暗だよ。月明かりしか照るものはないんだ」
「うん。前に来たから知ってる。どうせ帰るには暗いから、泊まっていくよ」
「!?」
ルナトゥスは驚いて声も出せない。
(泊まる? 暖かい部屋もない、柔らかいベッドもないこの魔の森に?)
ジェイミーの考えがわからなくて戸惑う。けれどもしもこれが最後になるのなら、ジェイミーと一晩を過ごして別れたい。
ルナトゥスはジェイミーと手をしっかりと繋ぎ、魔の森へと誘 った。
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