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第40話 魔王様、葛藤する

 暗がりの中、ルナトゥスの手と月明かりを頼りに森を歩く。 (前に来た時よりも陰の気が強いな)  以前は狼……ルナトゥスの両親の守りの力もあったのか、それともルナトゥス自身の魔力の強さもあったのか、陰の中にも強さや凛とした空気が流れていた。  陰鬱の原因はジェイミーにはわからないが、やはりルナトゥスをこの場には置いておけないと思った。   「ここが森の中心。僕はいつもこの大きな木の上で休んでいた」  数分ほど歩くとルナトゥスが足を止めた。 (ああ、そうだ。初めて魔王の姿のルナに出会った時も、ルナはこの木に腰掛けていた)  物語や伝え聞いた話では、魔王は魔の森に城を構え、鳥や狼を人型に変化させて従者にして豪遊していることになっている。  けれどルナトゥスは寂しいだけの森の中で、家と呼べる場も持たずに、ただ彷徨っているように思えた。 「お前、食事や服や……生活はどうしていたんだ……」  聞いたものの、ジェイミーは口をつぐんだ。 (ルナトゥスは魔の森から一番近いサリバ村を中心に襲っていたんだ)  魔の森から遠い村では、魔王の話が迷信であると信じてしまうくらいに、被害がない。  親に捨てられたと思い込んで世を憎み、感情のままに魔力を使ってきたルナトゥスではあったが、見境なく多数の村々を恐怖に陥れていたのではない。  生まれてすぐに魔の森に封じられ、魔力以外になにも持っていなかったルナトゥスには、目につく範囲の村から金品や食料を奪うことしか思いつかず、それも魔力で奪うやり方しかわからなかったのだ。 (強い魔力は持っていても、中身は小さな子供の、はりぼての魔王だったんだ)  ジェイミーはルナトゥスの手をぎゅっと握った。 「ルナ……帰ろ?」  悪行に理由をつけるべきでないのは知っている。けれどそれは世間一般でのこと。ルナトゥスは、ジェイミーの「家族」であり「大切な者」だ。  理由を理解してやりたい。赦し、導いてやりたい。 「ジェイミー、でも僕が戻ればジェイミーも姉さんもただじゃすまない。僕、そんなの嫌だ」 「じゃあお前、ここにいてどうやって生きていくんだ? 魔力を使って、また村を襲うのか?」 「……そんなの、しない! 僕は、それがいけないことだって、ジェイミーとハンナから教わった!」  ルナトゥスの漆黒の目が濡れる。こぼれた涙は闇夜に光る水晶のようで、こんな時なのに、美しさに心を奪われる。  ジェイミーは手を引き、ルナトゥスを胸に迎え入れた。 「でも、それじゃあ生きてはいけない。魔力があるだけで、お前は人間なんだ。ここにいたらやがては体が弱り、朽ちていく。それでいいのか?」 「う……うぅ。でも、他にどうしたらいいのかわからないよ……!」    ジェイミーの温かい胸に抱かれ、頭の後ろを優しく撫でられる。本当は突き飛ばしてでも去るべきなのに、意思に反してしがみついてしまう。 「だから、帰ろう? ルナ、言ったじゃないか。最後まで俺のそばにいるって」 「言ったけど、でも、ジェイミーは……」 「俺も、ずっとルナといるよ。ルナにそばにいてほしい。お前が消えた時、とても胸が痛くなった。このままお前と会えなくなったら一生後悔するって思った」  しがみついたままのルナトゥスの顔を胸から離し、頬を包む。  ルナトゥスはまだ、ジェイミーの言葉の意味を掴みかねているようで、眉を寄せてジェイミーを見上げている。 「……ルナ。俺はルナと離れたくないんだ」  ジェイミーにもまだ、ルナトゥスへと向かう自分の感情の種類がわからない。  でも。  ルナトゥスに顔を近づけてみる。今からしようとすることに、ためらいは生じない。  だからこの気持ちはきっと……。 「……愛してる。ルナ」 (そうだ。俺はルナトゥスを愛しているんだ)  二人の唇が近づく。  ルナトゥスは大きく目を見開いたが、顔はそらさなかった。瞼を閉じ、ジェイミーの口付けを受け入れる。  ────二人の影が月明かりのもと、木の幹にひとつに映った。  重ねるだけの口付けでも、よく干した真綿に包まれるような温もりと柔らかさがある。  二人はしばらくの間その心地よさに浸っていた。  するとなんの前触れもなく、ジェイミーの剣がひとりでに鞘から抜け、二人の頭上に浮かび上がった。  唇を離して「あ」と声を揃えて見上げると、剣がまばゆいばかりに光り、目を開けていられなくなくなる。  二人は固く瞼を閉じた。  その直後。 「──あぁっ……!!」  ルナトゥスが小さな悲鳴を上げて、ジェイミーの胸に体をぶつけた。  ジェイミーはなにごとかと、片方の目をこじ開ける。 「ルナ!?」  ジェイミーの胸の中のルナトゥスが力を失い、体が地面に下がっていく。  その背中の中央には剣が刺さり、真っ赤な血が服を染めていた。

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