41 / 49

第41話 そして魔王様、勇者様は。

「ルナ!」  ジェイミーの叫びで、木々に止まっていたカラス達が一斉に飛び立った。一時、あたりはカラスの鳴き声と羽音で騒然とする。  だが、ジェイミーには聞こえない。地面に膝をつけたルナトゥスの腕を支え、起こった状況の理解もままなならずに激しい混乱に陥った。 「ルナ、ルナ、ルナトゥス!」  うつ伏せに寝かせ、剣が刺さった背を見る。血は止まらず、ルナトゥスの背をさらに赤く染めていく。  剣はもう光を失っていて、ルナトゥスの背でグラグラと揺れていた。 「あ……あ……」  ジェイミーは剣のグリップを掴み、躊躇はしたが一気に引き抜いた。そこから、血液が跳ね返り、飛び散る。  ジェイミーは両手で傷を塞ぎ、懸命に祈った。 (助けてください。助けてください。ルナのお父上、お母上、父さん、母さん、姉さん……ご先祖様っ……!!)  何度も祈りを繰り返す。 (助けてください。助けてください。俺の、大切な子なんだ。ご先祖様、お願いします……!)  ジェイミーの瞳から涙が落ち、ぱた、ぱた、ぱた、とルナトゥスの背の傷へ落ちて、血に滲んだ。   「愛しているんです! 愛しているんです! 愛しているんです! 愛し……あっ!」  剣が眩しい光を発し、ひとりでに宙に浮く。  刺すように眩しくて、目だけでなく頭までくらくらして、息をしていないルナトゥスの横で、ジェイミーは気を失ってしまった。  *** 「んん……」  どれくらい経ったのだろう。魔の森では見ない小鳥に頬を突かれたジェイミーは、目を覚ました。  途端に鳥は飛び去って行く。 「俺……どうしたんだっけ……。はっ! そうだ、ルナ!」  慌てて体を起こす。  ジェイミーがうつ伏せになっているすぐ横で、ルナトゥスもうつ伏せになっていた。  その背中には、十字架を背負うかのように剣が縦向きに乗っている。 「ルナ!」  急いで剣を手に取り、背の傷を確認した。 「あ……?」  服は血で染まり、元の色の部分はほぼなくなってしまっているが、背の傷自体は閉じている。背に当てた手のひらに、体温の暖かさと規則的な呼吸が伝わった。 「生きて、る……?」  けれど、明らかに迎えに来た時とは違うところがあった。   確認のため、ジェイミーはルナトゥスを仰向けにしようと肩を掴んだ。 (重い……これは……)  重くて簡単にひっくり返せない。ジェイミーは勢いを付け、えいっ、とルナトゥスの体をひねった。 「あっ……!」  予想が当たった。  (やっぱり、「成長」だ!)  ジェイミーの目に映るのは、初めて出会った日の姿のルナトゥス。  ぐったりはしているが、肩幅が広くて上背も脚も長く、ジェイミーよりもいくつか年上に見える「男性」だ。   「ルナ、おい、起きろ」  成長に驚きながらも、血が通っている証拠の赤い唇に安堵しながら肩を揺する。 「……ぅう……」    形のいい唇からが小さなうめき声が漏れた。  長く密度の高いまつ毛が揺れ、切れ長の目がゆっくりと開く。 「ルナ……! わかるか?」  ルナトゥスの耳に、ジェイミーの声が届く。  だが目がぼやけていて視界がはっきりしない。ルナトゥスは一度目をきつく閉じてから再び開けた。それでも逆光のため、ジェイミーの輪郭はわかるが、表情まではわからない。 (太陽がまぶしい。……太陽? 魔の森に太陽の光?)  あり得ないことだった。魔の森は光を通さず、昼間でも真っ暗で陰の気に溢れているはずなのに。  それに、剣に刺されたはずなのに、生きている。  ルナトゥスは手を付き、ゆっくりと上半身を起こした。体がとても重い。 「え……?」  徐々に明瞭になる視界に自身の体が映る。服の丈が全く合っていない。ブラウスの袖やパンツの裾から、筋が張った手足が飛び出ている。 「なんだ、この手、足……長さが違う……」  ルナトゥスはあぐらになりながら、両手を胸の高さまで上げて気づいた。 「戻っている……?」  そして、改めて目の前の人に気づく。 「ジェイミー……」 「ああ」  ジェイミーが頷く。剣に倒れる寸前まで、ルナトゥスの目線はジェイミーの顎下あたりだったのに、今はジェイミーを見下ろしている。 「無事でよかった……!」  ジェイミーがそう言って微笑んだかと思うと、エメラルドグリーンの瞳を揺らし、大粒の涙を零した。  ジェイミーはルナトゥスに腕を回し、ぎゅっと抱きしめる……いや、今の体格差では「抱きつく」が正解だ。 「ジェイミー……!」  ルナトゥスの喉を通る声が、今までより太く低い。ジェイミーを抱き返す手や腕、胸は、ジェイミーをすっぽりと包み込む。  途端にジェイミーが可愛く思えて、ルナトゥスの胸が高鳴る。血液がどくどくと拍動し、まるで全身が心臓になったみたいに血が巡った。 「ジェイミー、ジェイミーッ……!」  ルナトゥスは夢中でジェイミーを抱きしめ、自分の胸の中にある体躯の感触を確かめる。そして、ジェイミーの顎に手を添え、顔を上げさせた。  ジェイミーがルナトゥスを見上げている。  瞳は涙に光り、湖面のよう。泣いているせいか頬の色がいつもより桃色で、プラチナブロンドの髪は陽に照らされてきらきらと光っている。 (なんと華奢で繊細で、可愛らしいのだろう)  ルナトゥスの心臓はさらに強く拍動した。衝動が抑えられなくなる。 「ルナ……? ──ん、ンむッ!?」  ルナトゥスは爆発しそうな体と感情を持て余し、奪うようにジェイミーに唇を重ねた。  痛いくらいの押しつけ。その苦しさに、ジェイミーはルナトゥスの袖をぎゅ、と握った。 「ん、ンんっ……!」  やがて、激しさは優しさに変わった。  生温かさが口内を滑り、ジェイミーの歯列や顎を撫でる。  上顎をちょん、とつつかれ、舌先でなぞられると、ジェイミーは背を震わせた。    ジェイミーも同じように返そうと思うのに、ルナトゥスの広い胸と暖かい腕に包まれていると、なんともいえず心地がいい。  ルナトゥスの舌が口の中で動くと夢みたいに甘くて、頭の芯が溶けたバターみたいだ。  そして二人は時間を忘れ、木々の隙間から降り注ぐ光に照らされながら、いつまでもいつまでも唇を重ねるのだった。

ともだちにシェアしよう!