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第41話 そして魔王様、勇者様は。
「ルナ!」
ジェイミーの叫びで、木々に止まっていたカラス達が一斉に飛び立った。一時、あたりはカラスの鳴き声と羽音で騒然とする。
だが、ジェイミーには聞こえない。地面に膝をつけたルナトゥスの腕を支え、起こった状況の理解もままなならずに激しい混乱に陥った。
「ルナ、ルナ、ルナトゥス!」
うつ伏せに寝かせ、剣が刺さった背を見る。血は止まらず、ルナトゥスの背をさらに赤く染めていく。
剣はもう光を失っていて、ルナトゥスの背でグラグラと揺れていた。
「あ……あ……」
ジェイミーは剣のグリップを掴み、躊躇はしたが一気に引き抜いた。そこから、血液が跳ね返り、飛び散る。
ジェイミーは両手で傷を塞ぎ、懸命に祈った。
(助けてください。助けてください。ルナのお父上、お母上、父さん、母さん、姉さん……ご先祖様っ……!!)
何度も祈りを繰り返す。
(助けてください。助けてください。俺の、大切な子なんだ。ご先祖様、お願いします……!)
ジェイミーの瞳から涙が落ち、ぱた、ぱた、ぱた、とルナトゥスの背の傷へ落ちて、血に滲んだ。
「愛しているんです! 愛しているんです! 愛しているんです! 愛し……あっ!」
剣が眩しい光を発し、ひとりでに宙に浮く。
刺すように眩しくて、目だけでなく頭までくらくらして、息をしていないルナトゥスの横で、ジェイミーは気を失ってしまった。
***
「んん……」
どれくらい経ったのだろう。魔の森では見ない小鳥に頬を突かれたジェイミーは、目を覚ました。
途端に鳥は飛び去って行く。
「俺……どうしたんだっけ……。はっ! そうだ、ルナ!」
慌てて体を起こす。
ジェイミーがうつ伏せになっているすぐ横で、ルナトゥスもうつ伏せになっていた。
その背中には、十字架を背負うかのように剣が縦向きに乗っている。
「ルナ!」
急いで剣を手に取り、背の傷を確認した。
「あ……?」
服は血で染まり、元の色の部分はほぼなくなってしまっているが、背の傷自体は閉じている。背に当てた手のひらに、体温の暖かさと規則的な呼吸が伝わった。
「生きて、る……?」
けれど、明らかに迎えに来た時とは違うところがあった。
確認のため、ジェイミーはルナトゥスを仰向けにしようと肩を掴んだ。
(重い……これは……)
重くて簡単にひっくり返せない。ジェイミーは勢いを付け、えいっ、とルナトゥスの体をひねった。
「あっ……!」
予想が当たった。
(やっぱり、「成長」だ!)
ジェイミーの目に映るのは、初めて出会った日の姿のルナトゥス。
ぐったりはしているが、肩幅が広くて上背も脚も長く、ジェイミーよりもいくつか年上に見える「男性」だ。
「ルナ、おい、起きろ」
成長に驚きながらも、血が通っている証拠の赤い唇に安堵しながら肩を揺する。
「……ぅう……」
形のいい唇からが小さなうめき声が漏れた。
長く密度の高いまつ毛が揺れ、切れ長の目がゆっくりと開く。
「ルナ……! わかるか?」
ルナトゥスの耳に、ジェイミーの声が届く。
だが目がぼやけていて視界がはっきりしない。ルナトゥスは一度目をきつく閉じてから再び開けた。それでも逆光のため、ジェイミーの輪郭はわかるが、表情まではわからない。
(太陽がまぶしい。……太陽? 魔の森に太陽の光?)
あり得ないことだった。魔の森は光を通さず、昼間でも真っ暗で陰の気に溢れているはずなのに。
それに、剣に刺されたはずなのに、生きている。
ルナトゥスは手を付き、ゆっくりと上半身を起こした。体がとても重い。
「え……?」
徐々に明瞭になる視界に自身の体が映る。服の丈が全く合っていない。ブラウスの袖やパンツの裾から、筋が張った手足が飛び出ている。
「なんだ、この手、足……長さが違う……」
ルナトゥスはあぐらになりながら、両手を胸の高さまで上げて気づいた。
「戻っている……?」
そして、改めて目の前の人に気づく。
「ジェイミー……」
「ああ」
ジェイミーが頷く。剣に倒れる寸前まで、ルナトゥスの目線はジェイミーの顎下あたりだったのに、今はジェイミーを見下ろしている。
「無事でよかった……!」
ジェイミーがそう言って微笑んだかと思うと、エメラルドグリーンの瞳を揺らし、大粒の涙を零した。
ジェイミーはルナトゥスに腕を回し、ぎゅっと抱きしめる……いや、今の体格差では「抱きつく」が正解だ。
「ジェイミー……!」
ルナトゥスの喉を通る声が、今までより太く低い。ジェイミーを抱き返す手や腕、胸は、ジェイミーをすっぽりと包み込む。
途端にジェイミーが可愛く思えて、ルナトゥスの胸が高鳴る。血液がどくどくと拍動し、まるで全身が心臓になったみたいに血が巡った。
「ジェイミー、ジェイミーッ……!」
ルナトゥスは夢中でジェイミーを抱きしめ、自分の胸の中にある体躯の感触を確かめる。そして、ジェイミーの顎に手を添え、顔を上げさせた。
ジェイミーがルナトゥスを見上げている。
瞳は涙に光り、湖面のよう。泣いているせいか頬の色がいつもより桃色で、プラチナブロンドの髪は陽に照らされてきらきらと光っている。
(なんと華奢で繊細で、可愛らしいのだろう)
ルナトゥスの心臓はさらに強く拍動した。衝動が抑えられなくなる。
「ルナ……? ──ん、ンむッ!?」
ルナトゥスは爆発しそうな体と感情を持て余し、奪うようにジェイミーに唇を重ねた。
痛いくらいの押しつけ。その苦しさに、ジェイミーはルナトゥスの袖をぎゅ、と握った。
「ん、ンんっ……!」
やがて、激しさは優しさに変わった。
生温かさが口内を滑り、ジェイミーの歯列や顎を撫でる。
上顎をちょん、とつつかれ、舌先でなぞられると、ジェイミーは背を震わせた。
ジェイミーも同じように返そうと思うのに、ルナトゥスの広い胸と暖かい腕に包まれていると、なんともいえず心地がいい。
ルナトゥスの舌が口の中で動くと夢みたいに甘くて、頭の芯が溶けたバターみたいだ。
そして二人は時間を忘れ、木々の隙間から降り注ぐ光に照らされながら、いつまでもいつまでも唇を重ねるのだった。
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