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第42話 魔王様、帰還する
帰路はルナトゥスの魔力で空間移動をした。
歩いてでは三日強、走っては一日半かかる距離が一瞬だった。それでもココット村の家に到着したのは、ジェイミーが出発してから七日後の夜も更けてからで、二人はハンナに大目玉を喰らった。
「たかが、子供を一人! 連れ帰るだけに! どんなに時間がかかってんの!」
心配でほとんど眠れていなかったのだろう。ハンナの目は血走っていて、いつもの倍の迫力がある。
「い、いひゃい。痛いよ姉さん! こんなに時間が経ってるとは思わなかったんだよ~。それにルナはもう子供じゃ……」」
「おだまり!」
「わわ」
頬を思い切りつねられたジェイミーの体が椅子から浮いて、すかさずルナトゥスが支える。
その腕の力強さに、抱き合ってキスを繰り返していたことをジェイミーは思い出してしまう。
思いを交わし、一度唇を重ねてしまえばもう離れることはできず、魔の森が魔王の帰還によって時空が歪み、森の内外で時間の経過に大きな差が出ていたことにも全く気がついていなかった。
(ということは、俺達は外時間だと五日間ほどもキスをしていたのか……?)
ジェイミーの頬がふへぇと緩む。
「なんなのジェイミー、そのだらしない顔! 私は怒ってるのよ。……ルナもよ!」
当然怒りの矛先がルナトゥスにも向かう。
「なんにも言わずに出ていくなんて、心配するでしょう?」
キッ、っと釣り目になったハンナの手が伸びて、次は自分がつねられる番かと覚悟したルナトゥスは目を閉じた。
しかし、伸びた手は頬をつねらず、優しく包んだ。
「……おかえり。もう、どこにも行っちゃだめよ?」
「姉さん……」
温かい。ルナトゥスはその手に自身の手を重ね、頬ずりする。
「心配をかけてすまなかった。だが戻って来たことも正しいことではない。俺がいるだけで二人にはどんな迷惑がかかるか……それでもどうしてもここに帰ってきたかった。すまない」
「なに言ってるの。帰ってきて当たり前でしょ? ルナの家はここなんだから。ルナは私のかわいい弟なんだから……!」
ハンナがルナトゥスを抱きしめる。
ルナトゥスはもうハンナよりも随分大きくて、ジェイミーよりも男らしい体格なのに、ハンナの腕の中では幼子 のようになって目を細める───初めてハンナに抱きかかえられた日、ぽかぽかほわほわして首に手を回し、身を委ねた時みたいに。
「姉さん、ありがとう。姉さんのことも、必ず俺が守るから……!」
ルナトゥスもハンナに腕を回し、誓う。
「まぁ、ルナ。あなた、体だけじゃなく、言うことも立派になったのね。もう子供だとばかり思っていてはいけないわね」
ハンナが目尻の涙を拭きながら笑った。
***
七日ほど離れていただけで、ルナトゥスにとってはずいぶんと懐かしく感じる我が家。
まずは湯浴みをすることにしたが、今や百九十センチ前後となった男らしい体のルナトゥスと、百七十四センチのそれなりに逞しくなったジェイミーが、一緒に狭い浴室に入ることは物理的にできない。
先に湯浴みを済ませたルナトゥスは、ベッドに腰掛けてジェイミーを待った。
もう深夜を過ぎているため、今後については朝に話し合い、その後、村の重鎮達にも村の皆にも会いに行こうとハンナと決めている。
ジェイミーもハンナも、ココット村の民はルナトゥスの味方だよと、ルナトゥスがココット村から消えたあと、皆がルナトゥスを擁護する声を上げてくれたことを教えてくれた。
皆の笑顔が浮かび「感謝」の気持ちが湧いてくる。
体が元に戻ると共に精神の成長も統合され、おそらく今、ルナトゥスはジェイミーよりも年上だ。
魔の森に捨てられて、物心ついてから二十余年が立っているので二十七歳前後なのだろう。
けれど、このココット村に戻ると……この家に帰ると……この部屋に入ると……このベッドにいると……胸がぽかぽかほわほわと温かくなり、目頭や鼻が熱くなり、泣きたくなる。
「ルナ、どうした? 体が辛いのか?」
湯浴みから戻ったジェイミーがルナトゥスの前に立ち、心配そうに肩に手を置いた。
「いや……大魔王と呼ばれた頃に戻ったのに、あの頃と気持ちが全く違うのが不思議で。あの頃、体の中身がとても空虚に感じたのに、今は熱くて苦しい……苦しいなどと言う感情は感じたこともなかったのに」
ルナトゥスが胸を押さえ、眉を寄せた。
反対に、ジェイミーは表情を柔らかくして嬉しそうに微笑む。
「ルナ、それは苦しさじゃないよ。幸せすぎると胸が熱くなるんだ。悲しい時や辛い時と少し似ているけど、ルナのそれはきっと、幸せな切なさだよ」
「幸せな切なさ……泣きたくなるような?」
「ああ、そうだ。人間は幸せな時には胸がぽかぽかして、自然に涙が出るんだよ。ルナはもう魔王じゃない。ここで暮らして、人間として多くを学び、知ったんだ。ルナは本当に生まれ変わったんだよ。……よく頑張ったな」
ジェイミーがルナトゥスを包む。
ルナトゥスは座っていてジェイミーは立っているから身長差があって、こうしていれば今までみたいだ。
「ジェイミー……ジェイミーがずっと俺を守っていてくれたからだ。そばにいて、たくさんの愛情をくれたから……」
見上げると、ジェイミーはもう涙ぐんでいた。ルナトゥスの胸が、再びぽかぽかほわほわしだす。
自分のために涙を流してくれる存在。
そばにいて愛情を与えてくれる存在。
なんて温かく、なんて心強く、そして、なんて愛おしいのだろう。
「ジェイミー……」
ルナトゥスはジェイミーの唇にそっと唇を重ねた。
「んっ……ルナ。姉さんがいるんだから自重して……」
ルナトゥスが二、三度唇を啄 んだところで、ジェイミーが顔を赤くして手を突っ張ねる。その姿を見ると背中に羽が伝うようにくすぐったくて、腹の奥がムズムズと疼く気がした。
「姉さんには聞こえないように、口を塞ぐ」
「塞ぐって……ん、んんッ!」
ルナトゥスはジェイミーをベッドに押し倒し、唇を押し付ける。おかげでもう、ジェイミーから発せられるのは吐息だけ。
ルナトゥスの重みと熱い舌に翻弄されながら、ジェイミーはいつの間にか深い眠りにつくのだった。
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