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第43話 魔王様、勇者様、固く誓う

「ジェイミーにルナ、いい加減に起きなさーい」  ドンドンドン! と部屋の扉が叩かれて、ジェイミーは薄く瞼を開けた。  その先には一面の肌色。 「ん?」  今度はしっかり瞼を開く。 「はぅ!」  ルナトゥスに抱きしめられながら眠っていたようで、ジェイミーの顔はルナトゥスの鎖骨の位置にあった。 (うわわわわ。なんてことを)  ジェイミーは急いでルナトゥスから離れ、ベッドを降りる。  これまでも幼い姿のルナトゥスにくっつかれて眠っていたが、今ベッドに横たわっているのは紛れもなく「男」。妖しいばかりの色香が漂っている。  幼い姿の時でも背徳的な美しさはあったが、自分よりはうんと幼く、庇護すべき存在だったのが正反対になってしまって、居た堪れない。  ドンドンドン! 「ジェイミーったら」 「! はい。姉さん、すぐに行くよ!」  ノック音とハンナの声に気を取り直して、ルナトゥスを揺する。 「ルナ、起きて。朝だぞ。ルナ」  今までは上半身に手を掛ければ半座に起こせたのに、もう肩を揺することしかできない。  その肩は広く、胸と共に筋肉質で固い。それなのに肌は手に吸い付くように滑らかで、|肌理《きめ》も整っている。  同じ男なのに、ジェイミーはつい見惚れてしまった。 (見惚れてる場合じゃない!) 「ルナ、起きなさい! ごはん抜きになるぞ!」 「ごはん!?」  ルナトゥスが目をカッ!っと開く。  立派な大人になっても、この一年半で染み付いた習性は簡単にはは消えないようだ。  ジェイミーにもそれがわかり、残っていた「かわいいルナ」の部分」になんとなく安堵して、顔を綻ばせた。 「さあ、用意して食べよう。そのあとは集会所に行くんだからな」  ***  ココット村の民はルナトゥスの姿に釘付けになっていた。  なんと言う美しさだろう。魔王という生き物は禍々しさを全身に纏っているのだと思ってきたのに、目の前の青年は禍々しさどころか|ブラックスピネル《黒宝石》のように透明感があり、神々しささえある。  集会に招かれていたサリバ村の村長も、もちろん息を呑んだ。  過去に村を襲った魔王とは、同じ顔をした別人に見える。  ルナトゥスがサリバ村の村長を見つけるとジェイミーを見た。  ジェイミーはうんと頷き、ルナトゥスの手を一度握ってやる。  ルナトゥスは静かに席を立ち、ゆっくりと村長に歩み寄った。  周囲の者は皆、固唾を飲んで見守る。  サリバ村の村長はルナトゥスが近づくたびに、じり、じりと後ずさり、最後には集会所のドアに背中をぶつけ、その場で腰を抜かしてしまった。  別人に見えても過去の恐怖の記憶は簡単に消えず、魔王への恐怖心は到底拭い去れない。  体格の大きい魔王に見下され、目前に影が指すと、身体が震え縮む。 「た、助け……」 「……赦してくださいとは言いません。自分を赦そうとも思いません。けれど教わりました。言葉で伝えることの大事さを。だから言わせてください」  ルナトゥスはサリバの村長の前で|跪《ひざまず》き、頭を深く下げた。 「……ごめんなさい」 「……!」  思いも寄らない言葉に驚き、サリバの村長は反射的に言葉を続ける。 「そ、そんなことで赦せるとっ……」  ──いや、目の前の青年は赦されようとは思っていないと言ったのだ。 ならば自分はどう言葉を出すべきかと戸惑い、サリバの村長は生唾を飲み下した。  その短い間に、ジェイミーがルナトゥスの横に並び、同じように|跪《ひざまず》く。 「ルナトゥスの過去はなかったことにはなりません。だからこれからの未来は、必ず村や世の中のために力を尽くさせると誓います。僕も、一緒に」  ジェイミーとルナトゥスがまっすぐサリバの村長を見る。それでも村長は頷けない。  心の隅では頷いたってかまわないと思う"一個人としての自分"がいるけれど、村にいる民の心を思うと首を縦に振ることができない。 「……」 「……」  長い沈黙。  張り詰めた空気が集会所に|蔓延《はびこ》る。  それを破ったのは、小さなか細い声だった。 「……わたしもっ……!」  マダム・メイの孫のアリッサだ。 「わたしも、世の中のためになる人になるわ。ルナトゥスとジェイミーと一緒に、サリバの人達のことも助ける!」  幼いけれど芯のある澄んだ声に、集会所の空気が変わる。 「……そうだ。ココット村の人間は助け合い支え合い、共に喜びを生産していく仲間だ。俺達も|志《こころざし》を同じにする。今や魔王はいないんだ。ルナトゥスの輝きを見ろ。勇者ジェイミーの力で魔王は滅び、新しい命が吹き込まれたに違いない」 「そうだ。誰にでも間違いはある。それと同じでルナトゥスが万が一間違えた時は、俺達もいる。ジェイミーだけじゃなく、俺達も今度は共に守るぞ!」  ココットの民の熱い声が、ルナトゥスの背中に当たり、胸を貫く。  ぽかぽかほわほわどころではない。熱くて熱くて、身体中を焦がしそうだ。 「……っつ」  ほろ、とルナトゥスの瞳から涙がこぼれる。  ジェイミーから聞いた、「幸せな切なさ」を実感していた。  本当の幸せを感じた時、人は自然に涙が出るのだということ。 (俺は「人間」だから。ただの人間になれたから……)  またひとしずく、涙がこぼれる。  次の瞬間、頬の涙も、床にこぼれ落ちた涙も光り輝き、ルナトゥスを中心に、あたりがパァァと明るくなった。       光は集会所の中央に集まり、光の輪を造る。  そして、輪の中に実態のない、身体が透けた老人の姿のが浮かび上がった。 「あ、あれはっ! ひ、ヒィヒィヒィヒィヒィヒィ……おじいちゃん!?」 「ええっ」  ハンナの言葉に、民は光の中の老人を注視した。そう言われれば、ココット村の入り口の勇者の石像によく似ている。 『勇者、務めを果たしたり。愛の力により魔は滅び、世には安泰が訪れた』  脳内に直接響く声でそれだけ言うと、老人の姿は足元から消えて行く。  わずか一瞬の不思議な光景。  再び集会所は静まりかえり、ルナトゥスもジェイミーも呆然としていた。 「──……わかった。信じよう」 「えっ」  サリバ村の村長の声がして、ルナトゥスとジェイミーは我にかえる。 「村に今日の話を持ち帰り、我々は過去に囚われず、これからの未来を力強く歩むのだと話をする。 ……いいか、二度と過去を繰り返すな。それだけは誓え」 「……約束、します!」  ジェイミーとルナトゥスは顔を見合わせ、互いの手を取ってサリバの村長、そしてココット村の皆に固く誓うのだった。

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