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第44話 魔王様、求婚する
サリバ村の村長が帰ったのち、集会所の空気は一転して和らぎ、数人が「酒で祝おう!」と提案した。
元から陽気なココット村の民達だ。村長も重鎮達も「イイネ!」と声を揃え、みんなして今日の仕事はお休み。集会所はあっと言う間に宴の場になった。
宴は飲めや歌えやの大騒ぎ。皆、主役で英雄のジェイミーとルナトゥスにかわるがわる声をかけ、酒を注ぎにくる。
アリッサもルナトゥスのそばに来て、ルナトゥスが好きな赤いブドウを差し出した。
「アリッサ、ありがとう。幼い時からアリッサにはたくさん助けられている」
「ふふふ。いいのよ。ルナトゥスがいい子だって、わたしは知っているもの」
アリッサは十一歳。ルナトゥスがここに来た時はまだ九歳だった。それでも、もう立派なレディの微笑みを乗せたすまし顔で、ルナトゥスの頭を撫でる。
「参ったな。身体が元に戻ってもアリッサには敵いそうにない。俺には姉さんが二人だ」
ルナトゥスはアリッサを膝に抱き上げ、ジェイミーとハンナに向けて苦笑した。
「そういえば、二人はこれからも一緒にいるのよね?」
ハンナがジェイミーとルナトゥスを見比べる。
「ん? うん、そうだよ?」
ジェイミーが頷くと、アリッサは「やっぱり」と小さく呟いて、ジェイミーとルナトゥスの手を重ねさせた。
「ずっと一緒にいる約束は結婚だ、っておばあちゃんが言ってたわ! 二人は結婚するのね!」
「えっ、ちょっとアリッサ……」
毎度毎度いいタイミングで響くアリッサの声は、またもや集会所に響いた。
村人達もハンナも、一斉にジェイミーとルナトゥスを見るものだから、ジェイミーは慌てふためく。
「いや、あの、その、今のは純粋な子どもの例え話で……」
確かにジェイミーはルナトゥスを愛してるいると自覚しているし、ルナトゥスも同じだ。
(でもっ、一応親子だしっ! ていうか男同士だしっ。け、け、け、結婚なんてそんなこと!)
ジェイミーは真っ赤になって頭を振る。
「結婚じゃないの? 違うの?」
アリッサが無垢な眼差しを向けてくる。
ジェイミーはその無垢さに、せめて心の誤魔化しはしたくないと、頭を触れなくなって押し黙ってしまう。
するとルナトゥスがアリッサを膝から下ろし、席から立ち上がった。
「違わない。俺はジェイミーと結婚するよ、アリッサ」
笑みをたたえて宣言するルナトゥス。
「ル、ルナ!」
ひえぇぇと慌てふためくジェイミー。
「ええっ」
目を剥いて二人に着目する村人。
「ジェ、ジェイミー? ルナ!?」
珍しくうろたえるハンナ。
三者三様の声が混ざり、集会所は騒然となる。だがルナトゥスは顎を引いて真摯な表情を見せると、口を開いた。
「俺はジェイミーを愛しています。父親であり兄であり、そして一人の人間として。俺に新しい生を授けてくれたのはジェイミーです。俺はこの新しい生を、全てジェイミーに捧げたい」
誰に臆すことなく、堂々と言うルナトゥスは、誰から見ても眩しい。
「姉さん、皆さん、ジェイミーを愛し抜くことを認めてほしい。……ジェイミー、俺と結婚してほしい。幼い体の頃から、気持ちはずっと同じだ」
ジェイミーは目の前がチカチカした。胸もチカチカして、頭の中が沸騰して、熱も出そう。挙動不審にあたふたしてしまう。
でも、どうしてこの愛しい男の前で自分を取り繕えるだろうか。恥ずかしさや面目を気にして、どうやって首を横に振れるだろうか。
無理だ。なにものにも染まらない、ジェイミーだけを映す漆黒の瞳に嘘はつけない。
「……俺も、ルナを愛してる。だからずっと一緒に……ぅ、わっ!」
心を込めた告白の言葉の終わりに、すぐさまルナトゥスがジェイミーを抱き寄せた。驚くほど強い力だ。そしてそのままジェイミーの顎に手をかけて、村人達の面前で唇を塞いだ。
「うぉぉぉぉ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
「わーい! けっこん、けっこん!」
集会所がどよめく。
唸るような男達の声と、女達の黄色い声。子供達の囃し立てる声も、もう混ざり混ざってぐっちゃぐちゃ。けれどそのどれにも非難の声はなく、やがては周囲の恋人達や夫婦達も包容し合い、キスを交わした。
パートナーのいない者達も、肩を組み乾杯をする。
いつの間にか宴はジェイミーとルナトゥスの結婚を祝う宴になり、民達は夜遅くまで騒いだのだった。
***
「まさかあんたたちがこうなるとは、私でもわからなかったわ……」
帰宅して開口一番、ハンナはふう、と息をついて言った。
「姉さん、驚かせてすまない。でもなにも変わらない。俺とジェイミーはここにいて、姉さんのことも一生守る」
ジェイミーが釈明の言葉を発する前に、ルナトゥスが宣言する。
「……本当に、すっかりルナは大人ね。あなたを育てた経験でジェイミーも少しばかり大人になったと思ったのに、こんな素敵な|男《ひと》がそばにいたら、逆戻りしそう」
「そんなことないよ! 姉さん、俺だってもう立派な大人だよ!」
ジェイミーが顔を赤くして反論するが、ルナトゥスとハンナに挟まれては、ジェイミーはどうしたって「最年少」だ。
「大丈夫。姉さん。ジェイミーのことは全部俺に任せてくれ」
言いながら、ルナトゥスの手がジェイミーの手をすくい、その甲に口づけを落とす。
「ちょ、ルナッ……!」
ためらいがない愛情表現にジェイミーのほうが戸惑ってしまう。
見せられたハンナはやれやれ、とため息をついて自室に入った。
(いよいよジェイミーも私から離れていくのね。長かったようでやっぱり短かった。お父さん、お母さん、一番の甘えんぼが立派になりました。ご先祖様の文言通り、愛で悪を封じて……よくやったでしょう? マシューもライアンもジェイミーも、もう心配はいりませんよ)
少しだけ寂しいが、やはり喜びが大きい。
ハンナはその夜、ジェイミーに贈るビッグプレゼントを頭に思い浮かべながら、幸せな眠りについた。
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