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第46話 魔王様、勇者様、結婚する

 しっかりやってくるのよ、と言われたものの、二人が指示されてやって来たのは隣り村の床屋。  床屋でなんの手伝いをするのだろうかと不思議に思いながら、ドア鈴を鳴らす。 「ジェイミー! いらっしゃい」  店から出てきたのはいつぞやのエリーちゃんだ。  ジェイミーを遠回しに誘惑していたことがあるから、ルナトゥスは無言で二人の間に割って入り、ついたてのようになる。 「こらっ、ルナ。挨拶をちゃんとしなさい」  ジェイミーが今までの癖で父親口調で言うと、ルナトゥスは無言のままではあるが、小さく頭を下げた。 「こんにちは。ルナトゥス。そんなに牽制しなくて大丈夫よ。私は人のものになった男は追わないわ。なにより今日は……。さあ、口で言うのもまどろっこしいから、とにかく入って」  エリーは二人の背中を押し、床屋の中に招き入れた。中ではエリーの両親も待ち構えている。 「さぁ、磨き上げるよ! まずはこっちだ!」 「え、ええ?」  わけもわからないまま椅子に座らされ、顔から肩にかけて石鹸泡を塗りたくられる。ルナトゥスも同じだ。  それから、もともと目立たない髭や産毛を処理され、眉を整えられ、次は髪を。  約二時間もかけ、二人はつるっつるのぴっかぴかに磨き上がった。ケープの上だけ見たら、位の高い貴族のようだ。 「さぁ、仕上げだ」  エリーの父が額の汗を袖で拭いながら息をつき、エリーと妻に言って、ジェイミーとルナトゥスを別々の部屋に移動させる。 「俺のジェイミーをどこにやる! 俺はジェイミーと一緒に……」 「ダメダメ。ご対面はあとよ。心配することはなにもないから、さあ、ルナトゥスもこっちへいらっしゃい」 「ジェイミー! ジェ……」  ルナトゥスがジェイミーの背ををすかさず追おうとしたのを、エリーが制する。エリーはにこっと笑い、ルナトゥスの腕を引いて奥の部屋に閉じ込めた。  *** 「これは……」  先に別室に入っていたジェイミーは、部屋にかけてあった衣装に手を伸ばす。 「ジェイミー、着替えましょう。ハンナやココット村の皆が、あなたとルナトゥスを待っているわ」 「……」  ジェイミーの目にじんわりと膜が張る。 「あらあら、泣くのは早いわよ。綺麗になった姿で皆にご挨拶しなきゃ。さ、ジェイミー」  エリーの母が衣装を衣装掛けから外した。  衣装は純白のキュプラ素材の#トゥニカ__タンクトップ__#に金の糸で細かな刺繍を施したのものと、その上から巻くシルクの一枚布の|トガ《長いチュニック》。  トガは真紅で、こちらも金糸で刺繍があり、とても華やかだ。  エリーの母は、トガをジェイミーの左肩から前に垂らし,残りは背中から右の腋の下を通して、また左肩から背に垂らして着付けていく。  そして最後に、薄い真っ白な絹のベールをジェイミーの頭に被せ、金色の華奢な王冠で留めた。  これはカラザ地区の村々の婚礼衣装だ。  ただ……。 「ベール!? 俺が?」  ジェイミーは鏡に映った自分の頭を差した。ベールは「花嫁」の象徴だからだ。 「そうよ。どう見てもそうでしょう? これがルナトゥスに似合うと思って?」 「いや、それはそうだけど……」  頭の中に花嫁のベールをかぶるルナトゥスを想像するが、確かに男らしい骨格になったルナトゥスには似合わない。対して鏡の中の自分は、ピンクベースの肌にプラチナブロンドの細い髪、くっきりとした二重のアーモンドアイ。  幼い頃から「天使」と言われただけあり、随分男らしくはなったのに、白いベールが結構似合う。 (うーん。不本意だけど、別に中身が女の子になるわけじゃないし、形式だけの問題だよな。……うん、なかなか似合ってるし、まあいいか)  ルナトゥスと出会って親代わりをしていた頃は、様々なことを深く考えたりもできていたが、ジェイミーは元来脳天気だ。  ハンナがサプライズで結婚式の準備を整えてくれていたことが嬉しく、まさかルナトゥスと男同士で結婚式を挙げられるとは思っていなかったから、喜びの方が大きく膨らんで疑問はすぐに吹き飛んだ。 「さあ、ジェイミー、行ってらっしやゃい」  ぽん、と背を押され、床屋の前に用意された、白いロバが引く四輪車に乗せられる。車にはたくさんのバラの花飾り。座ると芳しい香りがした。  ロバ車が一台しかないところを見ると、ルナトゥスは先に出たのだろう。花婿姿になったルナトゥスはさぞ精悍だろうと胸が踊る。  ココット村の入り口に到着すると、入り口にもバラの花のアーチが飾られ、十メートルほど先から真紅の長いカーペットが敷かれていた。  カーペットは集会所まで続いている。カーペットの両端には村の面々。  今まで幾度となく見てきたココット村の結婚式の習わし、そのままだ。 (俺、本当に結婚するんだ)  ジェイミーは車を降り、しずしずとカーペットに向かう。村の面々はもう拍手を始め、皆ジェイミーを待ち構えている。 「ジェイミーおめでとう!」 「綺麗よジェイミー」  「おめでとう!」  たくさんのお祝いの言葉と笑顔。その先には自分と同じ衣装で、頭には金の王冠だけの花婿姿のルナトゥス。いつもは後ろの三つ編みにしている髪は全て降りて、一本一本が光に反射して、きらきらと艶めいている。  ルナトゥスはジェイミーと対面するとゆっくりと近づき、ちょうどカーペットの中央まで来て、片膝を立てて#跪__ひざまず__#いた。左手は太ももに置き、右手をジェイミーに差し出す。  ジェイミーも右手を差し出し、ルナトゥスの手に重ねた。  ルナトゥスの唇が手の甲に落ちる。そして、ルナトゥスが立ち上がり、二人並んで祭壇の前へ。  祭壇にはココット村の長がいて、祭壇の一番近い席にはハンナ。結婚の証人の席だ。  ジェイミーとルナトゥスはまず二人に結婚の報告と生涯の愛を誓い、次に村人達にも誓った。  再び大きな拍手が起こる。それから皆が順に並んで、色とりどりのトゲなしのバラの花を贈ってくれた。  ルナトゥスが晴れさせた空は美しく澄んだブルー。  太陽の光が優しく降り注ぎ、ココット村の幸せな結婚式を祝福するかのようだった。

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