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第8話

たったの五センチが堪らなく遠く感じることがある。 手を伸ばせば届くのに、触れられない。 それがもどかしい。 今の俺は大勢の中の一人だ。 そんな今は打ち上げの真っ最中。俺の視線の先、拓生は楽しそうに酒を呷っている。それを見ているだけで酔ってしまいそうだ。 場の雰囲気は悪くないだけに楽しめていない自分が嫌で仕方ない。それでも楽しそうにするように心がけてはいるけれど、どうにもダメだ。 「穂積、飲んでる?」 「飲んでますよ〜」 ちびちびと飲んでいたサワーをぐびっと呷って話かけてきた人に飲んでますアピールをする。それを見たその人は嬉しそうに豪快に笑い、俺の背中をバシバシと叩いてきた。痛い。 結構一気に飲んでしまった影響なのか、それとも背中を叩かれたからなのか、少し頭がくらくらとしてきた。寝不足は慢性的なものだし、これくらいの酒の量で酔い潰れたことなどないのに。 ちらりと拓生のほうを見れば俺の方など見ることもなく、楽しそうに話していて、なんかイラッとした。 それからのことは記憶が曖昧だ。 「穂積、飲みすぎ」 気づけば拓生に肩を貸されて道を歩いていた。 「なん、で……」 「覚えてないだろうよ、全く……」 はぁ、とわざとらしく溜息を吐くけれど何を言われているのかさっぱりだから謝りようがない。だけど困った顔をしている拓生を見るのは気分が良い。 「もしかして吐いた?」 「吐いてないしお説教とか自語りは始まってない」 「じゃあ良いじゃん」 「ひたすら俺の名前連呼してたけど?」 「は?」 言われてなんだかうっすらと記憶が蘇ってくる。 俺のことを気にしない拓生にイラついて、残っていたサワーを一気飲みしたことは覚えている。でも口の中にわずかに残る苦味はサワーのものではない。 これは……ワイン……? 「『拓生ー!』って連呼しやがって」 「そんなことして……」 「してたんだよ、アホ」 全く記憶がない。 けれどさっきより気分が良いのは間違いなく拓生が隣にいるからだ。我ながら単純だと思う。 「ごめんな、今日のこと忘れてたわけじゃないんだ」 忘れていたわけではない。 その一言で何もかもどうでも良くなってしまう。 「……俺も大人げなかった、ごめん」 今日は付き合って一年の日だった。 それなのに拓生は勝手に飲み会の予定を入れて、挙句、俺まで参加すると言ってしまったのだ。 それで朝から大喧嘩をして、一言も喋らないままで今に至った。 わかっている、拓生も何かしようとしてくれていたことも。 飲み会に参加すると言ったのも社会人としてのマナーだと理解はしている。 「穂積が酔い潰れてくれて良かった」 「……なんで」 「去年もそうだったし」 付き合い始めた時も飲み会の帰りだった。 そして俺はあの時もヤケになって酔い潰れて、そして拓生に告白していたんだった。 ああ、やっぱり飲み会になんて参加するものじゃない。 その時もそう思っていたし、今もそう思っている。 ロクなことがない。 「帰ったら渡したいものあるんだ」 「……ふーん」 「本当可愛い奴だよ、穂積は」 拓生も酔っているのか上機嫌だ。 「拓生」 「ん?」 「……なんでもない」 呼べば返事してくれる距離にいて、俺を見てくれている。 それに触れてくれている。その事実と酒の所為で身体が熱くて仕方なくなってくる。でも拓生と離れたくなくて、そのまま身体の熱さを燻らせて歩く。 家まであとどれくらいの距離だろうか。 早く帰って抱き締めてほしい、なんて。 この一年ですっかり甘やかされてしまったおかげで人肌恋しくて仕方ない。 「拓生ー」 「んー?」 「好きー」 「俺も好きだよ」 今すぐキスしたい。 流石にそれは言えないけど、拓生のことを焦らしたくて間近にある首筋にそっと唇を寄せた。

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