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プロローグ
空高く凍てつく星が、月明かりと共に漆黒の森を鈍く照らしている。
一羽の鳥が、不気味な咆哮にも似た鳴き声で、控えめに夜を切りさき、月明かりを遮りながら飛んでいた。
木々のほんのわずかな隙間から、一人の若い男が疾走しているのが見える。
男は何度も後ろを振り向きながら、迷うことなく森を駆けていく。
この森に入ってから、かなりの数の追手が男に襲いかかって来た。
男は斬って、斬って、斬り捨てて、すべての追っ手を地に帰す。
しばしその場に留まり、張り詰めた空気もろとも唾を飲み込むと、喉の痛みを伴って、彼の身体に垂れ込んでいった。
男は森に吸い込まれるかのように再び走り始めた。
いま男はただ一人、闇を友とし走り続ける。
窮地に追い込んだ何者から逃れるために。
生きて再びこの地に帰るために…。
友安国《ゆうあんこく》皇太子・清蓮《せいれん》。
美しき後継者。
誇り高き皇太子。
神に愛されし時代の寵児。
人々はこの若者を敬意と愛を込めてそう呼んでいた。
誰もが無条件で彼を讃え愛した。
だが、すべてが白日の元に晒された時、人々は知ることになるだろう。
自分たちが愛し信じたのは、慈悲深い高潔の人物ではなく、藁で作り上げられた愚物だということを。
そして彼らはこう呼ぶだろう。
天に仇なす反逆者。地に落ちた逃亡者…。
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