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第一章 第一話 逃亡

清蓮は、しばらく森の中を一心に駆け抜けていた。 走り続けて、ようやく追手が来ないと確信し、足を止め、木に寄りかかって天を仰ぎ見た。 木々の隙間から、薄い雲に覆われた満月の、その鈍い光が見える。 時折、どこからか鳥や獣の鳴き声が聞こえてくるが、張りつめた緊張感からか、清蓮には自分の乱れた呼吸と心臓の鼓動しか聞こえなかった。 彼の心は、乱れた呼吸と同じように混乱していた…。 清蓮は無理矢理にでも呼吸を整え冷静になろうとするが、うまくいかない。 さまざまな思いが浮かんでは消えるのを繰り返し、彼を平静から遠ざけていた。 両親である国王夫妻を殺した…⁈ 謀反を起こした…⁈ 私が…⁈ …なにかの間違いだ‼︎ 清蓮はそう思った。 私はそんなことしていない、するはずがない‼︎ だが、他の者はそうは思わなかったのである。 彼は、まだ飛散する思考の中で、ここに至る経緯を思い返した。 それは清蓮は一人自室で夕食を取った後、乳母が入れてくれた茶を飲みながら、のんびりと本を読んで過ごしていた時だった。 いつもは国王夫妻や妹の名凛と食事をともにしていた清蓮だったが、その日の午後、父親である国王と、成人の儀で起こった騒動の処分について、意見の食い違いから口論となってしまった。 いつもは穏やかな清蓮であったが、そのことがどうにも納得できず、ふてくされて夕食を自室で取ることにしたのである。 夕食後、冷静になった清蓮は、言い過ぎたと反省して、明日両親に謝罪しようと思っていたところに、いきなり部屋に大勢の武官が入ってきて、国王夫妻の他、多数の死傷者を出した謀反人として捕えると言われ、挙句わけもわからず彼らから逃げてきたのである。 あの時、機転を効かせた乳母が自分を逃してくれなかったら、きっと清蓮はそのまま有無を言わさず、捕らえられていただろう。 彼らは、清蓮を謀反人として疑わず、追手をよこして、是が非でも清蓮を捕えようとしていた。 それが今清蓮に突きつけられている現実であった。 清蓮が茫然自失のまま、ぼんやりしていると、冷たい風が木の葉を揺らし始める。 夜空を見上げると、雲に隠れていた満月が姿を表し、凍てつく夜を照らしていた。 清蓮は少しの現実逃避とばかりに満月を眺めていると、冷気がどこからともなく漂い始める。 少し離れたところから、なにかが葉と擦れるたびに、かさかさと音を立てているのが聞こえてくる。 清蓮は身構えたが、ほどなく警戒をといた。 それは一匹の野うさぎだった。 野うさぎはきょろきょろと辺りを見回し、すぐどこかに行ってしまった。 清蓮は安堵のため息をついたが、ふと視線を移すと、そこには大きな白い鹿が清蓮を静かに見つめ立っていた…。

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