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第二話 白神様

白い鹿は、孔雀が羽を広げたように天に向かって伸びる角をもち、その角は、鹿の体と変わらないくらい大きかった。 その立ち姿は威厳と力強さ、そして神聖なるもの特有の、他を寄せ付けない雰囲気を持ち合わせていた。 清蓮と鹿は少し離れたところから、お互いの様子をうかがっていたが、清蓮は、鹿の堂々たる姿に、自分の置かれている立場も忘れて魅入ってしまう。 これは…。 白神様しらかみさまと呼ばれるのも不思議じゃない…。 清蓮は、友安国に古くから伝わる伝説を思い出していた。 古来より友安国では、白い鹿を神の使いとして、あるいは神様そのものとして崇あがめてきた歴史がある。 それは白い鹿が森の奥深くに住んでおり、めったに人前に姿を現すことがないことから、人々はその神秘性をもって、神になぞらえたのがさ始まりである。 人々はその圧倒的な姿から、畏敬の念をもって白神様しらかみさまと呼んでいた。 伝え聞く幾多の物語からは、白神様を見ると幸運が訪れるだの、神から祝福され、その者が望む未来を手に入れることができるだの、まことしやかに伝えられていた。 さらにその伝承の中には、神に資質を認められ神の使いになった者の話や、神に見初められ夫婦となり、永遠の命を得た者の話など、人間の邪な空想がもたらす、突拍子もない話も多く含まれていたが…。 清蓮が鹿の神々しいまでの美しさに目を奪われていると、鹿はゆっくりと清蓮に向かって歩き出した。 清蓮はそっと手を伸ばし、鹿に触れようとする…。 なんてきれいなんだろう…。 清蓮は緊張感に包まれた自分の心が、緩んでいくのを感じた。 あと少しで、鹿に触れるというところで、がさごそと葉が激しく擦れ、人の声が遠くから聞こえてきた。 清蓮と鹿は同時に音のする方を見た。 しまった、追手が来た! 清蓮ははっと現実にもどり、取るべき行動を考えた。 鹿は追手の方に歩いて行き、追手に向かって鳴いた。 森に響き渡るそれは、鳴き声というよりは咆哮に近いもので、追手は一瞬で意識を失い、ばたりと倒れた。 鹿は、再び清蓮の方に近づこうと向き直ると、すでに清蓮は立ち去っており、その姿はなかった。 清蓮は、鹿が追手の方を向いた瞬間、名残惜しい気持ちもそこそこに、急いで身を翻し、再び森の奥へと逃げていったのである。 …。 鹿は、人間の仕草のように首を横に振って、清蓮が逃げていったでおあろう方向をただ見ていた…。

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