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第14話 往時
三年生になって、昌也はまた担任を困らせていた。
もちろん、進学先のせいだ。
困ったことに菊地の両親が、バリバリの公務員とあって、横槍が入れられない。仕方がないから、昌也が正面切って菊地に進学先を、聞いているのだ。
まぁ、クラスメイトで仲の良いベータ同士のため、全く警戒されずにダダ漏れにしてくれるのが有難い。昌也は上手いこと菊地に情報操作をして、一之瀬家が関与している私立大学への受験を決意させていた。
「いや、もう…わかってはいるんだけどね」
担任は、進路指導書を眺めながら深いため息をついた。名前の順で面談をしているから、菊地の希望大学は30分前に聞いていた。その後の昌也の話は、はっきり言ってする必要があるとは言い難い。ただ、周りの生徒に勘ぐられない為に時間をとっているだけなのだ。
「まぁ、受かりますんで」
昌也はしれっと言う。裏口では無い。内心も何もかも、条件は満たしている。受ければ受かる。そう言う状態なだけだ。
「まぁ、俺には何も言えないから…頑張れよ」
とりあえず、時間いっぱいは担任と昌也は向かい合って座っていた。
───────
大学の入学式ともなれば、人数が多すぎて周りに知り合いがいるのかいないのかまで気を回してなどいられない。友だちを作ると言うより、知り合いを増やしていくと言った方が正解だろう。
初めての授業で、菊地はようやく昌也に気づいた。
「もしかして、島野くん?」
座席がほぼうまりきっていて、空いている席に座ろうかと声をかけようと、相手の顔を見て菊地は素直に驚いた。
「菊地くん。久しぶりだね」
昌也は当たり前のように自分の隣の席を菊地に勧めた。
「ありがとう」
菊地は有難く昌也の隣に座った。これだって、昌也の作戦勝ちなのである。菊地が来る前まで、昌也の隣には違う学生が座っていた。菊地には申し訳ないけれど、高校生の時に、菊地のスマホにこっそりと監視アプリを入れたのだ。
地図を開いて、菊地が学内のどこを歩いているか確認しつつ、昌也は隣の学生とおしゃべりしていた。そうして、菊地が近づいてきたタイミングに合わせて、話を切り上げたのだ。地方出身の学生にちょっとした情報を提供すると、程よい時間で話が終わるのだ。
さて、菊地はどうだろうか?
「菊地くん、自宅から通い?」
高校時代、昌也はなかなかの距離を通学していた。もちろん、菊地が、自宅から通っていることぐらい知っている。
「うん。一人暮らしする勇気がなくて」
「時間かかるでしょ?」
菊地の位置情報を常にチェックしているので、通学時間は把握している。昌也の本音は菊地に都内で一人暮らしをしてもらうことだ。
なぜなら、昌也が一人暮らしをさせられているからだ。菊地の護衛が本格的に始まって、昌也は菊地の自宅付近に単身赴任させられたのだ。高校時代のように、学内だけというわけにはいかなくなったのだ。
一応、まだベータである菊地なので、アルファに誘惑されるようなことはないが、普通にベータの女子からは誘われている。ゼミに合コン、アルバイト、大学生ともなれば、不特定多数との出会いが盛りだくさんだ。
昌也が菊地のアルバイト先を外から眺めていると、隣に誰かが立った。見なくても分かるその気配に、昌也は深いため息をついた。
「暇なんですか?」
「うん。とっても」
高校時代から、何かと昌也をからかい続ける三ノ輪が、日傘をさして隣に立っている。
「大丈夫なんですか?」
三ノ輪には婚約者がいることを知っているので、昌也は思わず回りを見た。特に怪しい黒塗りの車は見当たらない。
「大丈夫だよ。僕は信頼されてるから。それに、菊地くんが気になっちゃってねぇ」
三ノ輪はそう言いながら、菊地を見ている。菊地は時給が高い都内ではなく、地元のコンビニでアルバイトをしていた。おかげで昌也はそこに潜り込むことが出来ない。
「就職するまでは実家に居るって言うんで、経営者を何とかしますよ」
それさえも必要経費だし、慣れればベータの男子だから深夜帯も担当させられるだろう。菊地が危険に晒されないように、あのコンビニに、深夜帯のみ希望の人物を送り込まなくてはいけない。昌也では人材が確保できないから、父親を頼るしかない。
菊地に見つからないように、日常生活を送るのが結構辛い。食料品の購入に当てる時間がないため、昌也はなんでもネットで購入するようになってしまった。
大学にいる間に結果が出なければ、就職先までついて行くことになる。まぁ、ベータの男子としては優秀な部類にいるから、似たような進路になっても別段怪しまれはしないけれど。
成人式の実行委員に、地元に残っている菊地は選ばれていた。そもそもが、優秀なベータである。両親ともに公務員であれば、必然的に押し付けられるようになったのは仕方がない。が、困ったことに実行委員にアルファがいた。しかも女子だ。
「あいつ、A組にいたなぁ」
完全ノーマークだったアルファであった。わかりやすくいえば、菊地の幼なじみになる。当然あの事件を知っている。
実行委員会の打ち合わせが終わったあと、昌也はそれとなく近づいた。
「酒巻さん」
名前を呼べば、驚くことも無く昌也の方を真っ直ぐに見てきた。
「久しぶりだね。島野くんだよね?」
一年の時しか同じクラスでなかったはずなのに、しっかりと覚えているあたり、やはりアルファである。
「少し、話できるかな?」
「知ってる。菊地くんのことでしょう?」
酒巻は分かりきった顔をして頷いた。
「話が早いね」
昌也は内心舌打ちしつつも、話を続ける。
「俺、護衛兼監視なんだ」
「一之瀬様の指示なんでしょ?」
さすがは女子でもアルファだ。その辺の情報は捉えているようだ。
「菊地くんモテるんだよ?優秀なベータだもん」
「知ってる。ゼミの飲み会がヤバい」
さすがに、ベータである菊地が、ベータの女子と付き合うことを阻止することは難しい。学生の割合でもベータが、9割を締めている。下手なことをしたら、あらぬ噂が広まって、菊地が生きて行けなくなってしまう。ベータのままで囲ったら、それこそ嫌われるだろう。
「菊地くん、彼女いるでしょう?」
酒巻が、鋭い指摘をしてきた。
「うん、いる」
菊地が、ベータとして生きている以上、ベータの彼女と付き合うことは仕方がない。むしろ、ベータとして思う存分生きて欲しい。心残りがないぐらい、ベータとしての生き方を堪能してもらわないと、この後多少強引に、バース性を引き出しにくいというものだ。
「それはいいんだ」
酒巻が軽く笑った。アルファの独占欲が強いことを知っているから、それを許す一之瀬の気持ちが謎だろう。
「だって、男としてそれはさぁ」
さすがに、魔法使いまでには決着が着くだろうけれど、二十歳でそれは悲しいことだ。昌也だって、合コンで、こっそりお持ち帰りをしているのだから。そんなタイミングまで菊地と合わせることになり、報告したら、一之瀬からものすごい苦情を言われた。けど、さすがにそこで、自分はどうなんだ。とは言えなかった。
「一之瀬くん、妬いてたでしょ」
「うん、まぁ」
「自分はやりたい放題のくせにねぇ」
酒巻は、全くオブラートに包むつもりは無いらしい。女子なのに、その辺はだいぶオープンで、昌也は驚いた。
「アルファの女子って、アルファの男子に初めて捧げる率高いんだよ」
突然、昌也の耳元でそう言ってきた。
「えっ?」
昌也が、驚いて固まってしまうと、酒巻は口元に手を当てて更に笑う。
「初めては、普通の性で…ってこと、かな?でも、ベータ男子に組み敷かれたくないじゃない?」
プライド高いアルファ様だから。なんて笑いながら言われれば、なぜか納得してしまう。
それは、つまり?
「菊地くんには言っちゃダメだからね」
唇に、指を一本押し付けられた。
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