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第13話 銘記

 さすがに約一年間も登下校が一緒になれば、座席も隣同士で座ることも自然になった。たわいのない会話に終始することもあれば、昨日のテレビの話をすることもある。自然な流れで連絡先の交換もでき、夏休みのバイトも一緒にした。バイト代で一緒に日帰りのスキーにも行った。初詣も一緒に行った。バレンタインは、さすがにA組のアルファたちが貰いまくるのを二人で眺めていた。  それだけベータの二人仲良く過ごしていたけれど、正面切って聞いてもいいものか躊躇はした。  放課後図書館でクラスメイトと試験勉強をした。ベータでE組にいるのはこの学校では恥ずかしいことだ。だが、菊地は特別な事情でE組にいるだけで、成績はA組相当である。それを知っているオメガの生徒たちが、菊地に試験対策の勉強を願った。昌也も同じくA組からの移動者と分かれば、昌也も一緒に勉強会に参加させられた。  図書館でオメガの生徒たちに勉強を教える際、昌也の学力が落ちている感じがなかったため、菊地は不思議に思っていた。  帰りのバスで、意を決して聞いてみることにした。 「あのさぁ、島野くんは…なんでE組に?」  そんなことを聞くのが恥ずかしいのか、菊地は上目遣いになって、少し頬が赤くなっていた。制服のボタンを指で弄ぶようにしているのも、なんだか可愛い。 「え、ああ、あのさぁ」  昌也は少し考えてから、少し菊地に近づいた。下半身から肩までが、ピッタリと寄り添うような体勢をとって、菊地の耳元に口を近づける。制服の胸ポケットに入れてあるスマホは、ずっとビデオモードで撮影中だ。 「俺の家ね、名家に仕えてる家系なんだ。それでこの学校に来たんだけど、オメガの子をね。監視って言うか、その、まぁ、見張らなくちゃいけなくなってね」  昌也はかなり声量を抑えて喋る。昌也の唇が菊地の耳朶に触れるかどうかの距離だった。 「……それって」  菊地はほんの少し顔を上げて昌也を見た。 「うん、それで、さ。誰って言うのは言えないんだけど……俺来年もE組確定なんだ」  昌也がそう言うと、菊地は目を大きく見開いて、数回瞬きを繰り返した。そうして、目元をほころばせるような笑顔を向けてきた。  菊地がバスから降りた途端、昌也は直ぐにスマホを操作した。バスに乗ってからの映像を確認する。なかなかよく撮れている。  帰宅して、直ぐにパソコンで編集してから一之瀬の報告書に添付した。もちろん、BCCで父親へも送られる。  今日はいつもより一之瀬の反応が遅い。図書館で勉強会をすることは学校にいる時に連絡済であるから、定期報告が、遅くなるのも分かっているはずだ。  けれど、自室に戻っても一之瀬からは反応がなかった。結局、その日の夜に帰宅した父親から、褒められた程度になった。 「なかなか、いい判断だ。あの言い方なら特定は出来ないだろう」  父親が、そう言いながら封筒を昌也に渡してきた。 「なに、これ?」  受け取りながら、昌也は封筒をじっくり眺める。特に何も書かれていないけれど、なかなか厚みがあった。 「進級祝いと報奨金だそうだ。特に、今日の動画の菊地くんが可愛いと絶賛されていた」  それを聞いて、昌也は一瞬固まった。誰が絶賛していたって? 「蘇芳様はロマンチストだからなぁ、菊地くんがベータからオメガに変わるところを、見守りたいそうだ」  サラリと言われて、思わず聴き逃しそうだったけれど、誰がなんだって? 「え?」  昌也は封筒の中身を見ても、驚いてはいた。 「無駄遣いするんじゃないぞ」  父親はそう言うと、昌也の頭を軽く撫でて昌也の部屋を出ていった。  昌也は早速封筒の中身を机に広げた。高校生が貰っていい額では無いと思う。けれど、名家では普通なのだろう。預かってきた父親は、なんでもないように渡してきた。名家に仕えるとはなかなか難しいことのようだ。あちらと世間との狭間で普通に生きなければならないのだから。 「全額貯金だよなぁ」  夏休みのバイト代でスキーに行ってそれなりに使ったけれど、まだ残ってる。ゴールデンウィークに一度映画を観に行ったぐらいだ。  今年の修学旅行は、新潟で農業体験と決まっている。北海道の酪農体験とどちらにするか、生徒からの投票になったのだが、飛行機に乗れない。という生徒がいたので新潟になった。新幹線が通っているから。  飛行機に乗れない。と、言い出したのは三ノ輪だ。それが本当のことなのかどうかなんて、話し合いのあの場では、誰も詮索なんてしなかった。  梅雨入りしたさなか、クラス単位で乗り込んだ新幹線の車輌の中で、昌也は三ノ輪に聞いてみた。 「本当に飛行機乗れないの?」  名家のご子息に、そんな聞き方もなんだけど、昌也の立場は秘密だから、クラスメイトとしてフランクに聞いてみたのだ。 「ちがうよ」  三ノ輪は柔らかく微笑んで答えた。 「え?」  昌也は素直に驚いた。誰かを庇ったのだろうか? 「だって、飛行機だと全員が同じ空間になっちゃうじゃない?新幹線ならクラス単位で車輌を貸し切るからさ」  イタズラが見つかったような顔をして、三ノ輪が告げる。 「え?それって…」  さすがに、昌也も勘づいた。  修学旅行先を決める話し合いは、一年の時の件の事件の後だった。つまり、菊地にオメガの疑いを持っている状態だ。 「いくら空調が効いていても、座席がどんな風に決められるか分からないじゃない?抑制剤は飲むけどさ、やっぱり、ね」  つまりは、一之瀬への嫌がらせらしい。一体、三ノ輪はどちらの味方なのだろうか?やっていることだけで考えると、菊地の味方に思える。菊地のオメガ性の発症を遅らせようとしていると思えるからだ。けれど、遅れれば辛くなるのは菊地だ。 「嫌がらせをしているわけじゃないんだよ」  三ノ輪が、笑いなが言った。 「じゃあ、なんで?」  クラス単位で、車輌を貸し切っているから、1シートに1人しか座っていないという贅沢な使い方のおかげで、昌也が三ノ輪の隣に座っても、誰にも何も言われない。 「匡様ね、お父上からオメガを護れる施設の整備と、制度を考えるように言われてるんだよ」  それを聞いて、昌也は目を丸くした。まだ高校生になんてことをさせようとしているのだろう? 「今でも『コテージ』って施設はあるけど、単体で建てられている施設だから使いにくいんだよね。特に、未成年は」  三ノ輪の言っていることは、昌也も知っている事だった。コテージは、オメガの保護とアルファとの出会いの場としての施設だけど、大人の社交場と言う雰囲気が強い。オメガは無料で泊まれるから、ヒート時に安心して過ごせる。が、アルファがではいりしているか、抑制剤を使わずに過ごせる。と言う危うい出会いも出来てしまう。意図せず番にされてしまうオメガも一定数いるのは確かだ。  つまり・・・ 「自分の大切なオメガがいつ使うか分からないからね。安全な場所にする義務はあるんじゃない?」  つまり、一之瀬がそのプロジェクトを完成させるまで、三ノ輪は菊地を護るつもりらしい。ものすごい餌を目の前に吊るされて、アルファは必死で仕事をすると言うことだ。 「まぁ、俺は仕事だから」  菊地がオメガに目覚めようが、目覚めまいが、昌也は生涯菊地の護衛だ。  農業体験で、全員がツナギに長靴を身につけたけれど、どんな格好をしようとも、さすがはアルファ様である。一之瀬は着こなしていた。それどころか、初めてのはずなのに、農作業をそつなくこなしていた。  オメガの生徒たちは、果樹園で作業のため、三ノ輪とは離れてしまった。  昌也は菊地と一緒に、除草作業がメインになった。地味だけど、広い畑のため無限に作業が発生しているような錯覚を覚えたほどだ。  そんな中でも、アルファの生徒たちは農作業の効率化について話し合い、作業内容を農家の人に伝えている。どんなことをしていても、アルファ様はその能力を出し惜しみしないようだ。  そんな中、昌也は大変な苦労をしていた。  修学旅行中、スマホが没収されてしまったのだ。元々通達されていたから、自宅から撮影機能付きのペンを日数分持参してきた。メモをとる為の筆記用具の体で、胸ポケットにさしておけば、一緒に行動する菊地の撮影ができるはず。帰宅してからまとめて報告書を作るのかと思うと、昌也は少なからずうんざりとした気持ちになった。  帰りの新幹線は、ほとんどの生徒が返却されたスマホを握りしめていた。けれど、昌也は帰宅してからのことを考えて、シートを倒して深い眠りについた。 「職務怠慢じゃないか」  眠る昌也にそう言った三ノ輪は、同じように眠りについている菊地を、写真に収めていた。

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