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第10話

「ま、王妃様さえご存知ないらしい理由を、お前が私に言うわけもないか」  やっと理解してくれた、と胸の内で小さく息をつくアシェルに、サイラスはチラと書類を見る。そして横に積まれていた書類をヒョイと持ち上げて自らの机に置いた。その理解できない動きに眉根を寄せ、アシェルはサイラスへ視線を向ける。 「この書類はまだ期日があるだろう? 今やってる書類が終わったら、もう帰れ。顔色も悪いし、そんなにクッキリとクマを作られたら、私がお前をこき使ってるみたいじゃないか。他の官吏に鬼だ悪魔だと噂されるのも嫌だが、王妃様に知られて笑顔の尋問をされるのはまっぴらだ」  この財務省の部屋がある場所は王妃の居住区からは離れており、仕事中だけであればもうここ何年も妹であるフィアナ王妃と鉢合わせてはいない。だが、妹は王妃で、己は三男とはいえ侯爵家の令息。舞踏会やら懇親会やら、それなりに貴族の付き合いの場があり、そこで顔を合わせることは多いのだ。あの情に厚い妹であれば、確かに笑顔で尋問の一つや二つするだろう。とはいえ、アシェルも何の理由も無しに残業しようと思っているわけではない。

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