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第68話

「お酒は苦手でしたよね。お腹は空いていませんか?」  社交の場で酒は必須と言っても良い。飲めないなど許されないというほど過激な思考ではないが、それでも大人であれば男女共に酒を嗜んで当たり前だという古い考えが今もまだ貴族社会には残っているため、飲まなければならない場はのらりくらりと逃げていた。その態度がメリッサを苛立たせ、アシェルが貴族間で平凡以下のボンクラと言われる原因でもあるのだが、飲めば気持ち悪くなってしまうので仕方のないことだ。煌びやかな舞踏会で吐いてしまうよりは平均以下の称号を貰う方が良い。  しかし三男とはいえノーウォルトである以上、流石に飲めないとは言わない方が良いかと思い、アシェルは酒が飲めないと公言したことは一度も無い。なのになぜルイはそのことを知っているのだろう? 「なんで……あぁ、フィアナか」  グルグルと回る思考のままに口にした瞬間、当然のように答えが思い浮かぶ。あの妹ならルイにあれこれ細かいことまで伝えていそうだ。それが悪意に満ちたものであれば怒りも沸くだろうが、妹のそれは完全なる善意、兄を想ってのことだとわかるだけになんとも言えない。そこまで考えて、アシェルはハッと口を手で覆った。  年下とはいえ公爵を相手に、それも王妃のことを話しているというのに常の言葉を使ってしまうなんて流石に不敬だ。

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