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第183話

「こんなに美しい庭に手を加えるなんてできない。なんだか時の流れさえゆっくりしているみたいだ」  広いとはいえ同じ敷地内であるのに、この庭はまるで別世界だった。柔らかな風が頬を撫で、髪をふわりと遊ばせ、鳥のさえずりが聞こえるほどに静かだ。屋根が程よく太陽の光を遮ってくれるので暑さを感じることもなく心地よい。 「何も遠慮することはないのですが、気に入っていただけたのなら良かった」  微笑むルイの横でベリエルが静かに紅茶を淹れ、エリクがこの庭に咲いていたのだろう色とりどりの花が活けられた真白な花瓶をテーブルの中央に置いた。ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。  僅かの音もさせずに紅茶と茶菓子を置いたベリエルが、エリクを伴って下がる。おそらく呼べば駆けつけることのできる場所に控えているだろうが、少なくともこの空間にはアシェルとルイの二人だけだ。普通に会話する程度であれば執事の彼らにも声は聞こえないだろう。そのことに気づいて、アシェルはほんの少し瞼を伏せた。 「考え事ですか?」  ほんのわずかな変化にルイは目敏く気づく。流石は連隊長と言うべきだろうか。それが今は苦しくもあり、ありがたくもあってアシェルは複雑な気持ちになる。 「……何も聞かないでいてくれるのか?」  あの日、アシェルは甘いものをあれもこれもと手を伸ばして口に放り込んだ。いくら甘いもの好きだとしても不自然なほどに。

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