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第200話

 見本帳をめくって記憶にある色を探し、栞を挟んで印をつけていく。使用人に頼んで仕立て屋を呼んでもらい、フィアナの好みと記憶にある母のドレスの特徴を告げて見本帳を渡していれば、いつの間にか空は赤らんでいた。フィアナが母の部屋に行ってから随分と時間が経っている。部屋から出て来た様子もなく、アシェルは首を傾げた。  扉を開けていたから、騒ぎがあれば気づかないはずがない。どうしたのだろうと胸に痛みを覚えながら母の元へ向かい、ノックをして部屋に入る。そこでアシェルは小さく息をついた。 「あら、アシェル。来てくれたのね」  寝台に腰かけた母は少し疲れたようではあるものの穏やかに微笑んでいる。そこに痛みや苦しみは見えず、膝に頭を乗せてクゥクゥと眠っているフィアナの髪を優しく撫でるその姿は慈愛に満ちていた。 「ふふふ、フィアナったら眠ってしまったの。起こすのも可哀そうだからこうしていたのだけれど、アシェルには心配かけてしまったみたいね」  ごめんなさいね、と微笑む母に苦笑して、アシェルは無意識に足音を殺して近づいた。 「お母さまとお話できて興奮してしまったのでしょう。フィアナは僕が部屋に連れて行きます。お母さまもお休みにならないと」  流石に眠ったままのフィアナを抱き上げて移動させるだけの力をアシェルは持たない。少しだけ起きてもらおうと手を伸ばしたアシェルに、母は小さく首を横に振った。 「大丈夫よ。もう少し、こうしていてあげたいの。フィアナだって、お母さまに甘えたいでしょうから」  母は、もう数えきれないほどの記憶を失っている。だが自分が今どのような状態であるのかは理解しているのだろう、側にいてやることのできない甘えたい盛りの娘に悲し気な視線を向けた。

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