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第204話

「ロランヴィエルの医者から報告は来たか? アシェルはどうしている」  乾いた声は病床の主の容態を如実に表している。かつては鋭い眼差しで真っ直ぐに前を見つめながら立っていた主であっても逆らうことのできぬ時の流れに無常を感じつつ、それを表に出さぬまま執事長たるじぃ――セルジュは主の腕を蒸したタオルで拭きながら口を開いた。 「先程、報告がありました。近頃はロランヴィエルのお屋敷にも慣れたご様子だとか。必ずしも良いとは言えないようですが、お薬は今のところ効いているようでございます。ただ、これから雨季がまいりますから、どうなるかわからない、と。お身体が限界を迎える前に王妃殿下の方に吉報が届けばよろしいのですが……」  それはとても可能性の低い希望だ。それでも諦めることができずフィアナは奔走し続け、父たるハンスも胸の内で縋っている。もちろん、アシェルが産まれた時より仕えているセルジュもまた、同じ気持ちだろう。 「そうか……。どうなるかと案じていたが、公爵は随分とアシェルのことを大切にしてくれているようだ。……よかった、と、儂が言うことは許されんかもしれんが」  話すだけで随分と体力を使うのだろう、ハンスは疲れたように深く息をついた。それに気づき、セルジュは身体を拭く動きを心持ち早める。 「旦那様は坊ちゃんのお父君なのです。坊ちゃんのご心配をなさることは当然で、許されぬことなどありません」  性格はバラバラだが、ハンスにとってはウィリアムもジーノもアシェルも、尊き王妃になったフィアナさえも身分にかかわらず愛しい我が子であるはずだ。セルジュはそう断言するが、ハンスはクツリクツリと力なく笑った。 「父親か……。父親らしいことなど、ついぞしてはやれなかった。なぁ、セルジュ。お前は知っておるか? ミシェルは――あの子の母は、アシェルに呪いをかけた」  きっとそうとは気づかず、無意識に。

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