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第211話

「アシェルも存分に我儘を言って、思いのままに欲しいものを欲しいと言って良いのですよ? ここはもう、あなたの家なのですから」  まるでアシェルの心の内を読んだかのようなその言葉に、ピクリと肩が震える。そんなアシェルを宥めるように抱き寄せて、ルイはゆっくりと背を撫でた。 「アシェルは何が欲しいですか? 何がしてみたいですか? エルピスと遊ぶオモチャ? あなたの身を包む絹の衣? それとも美味しいケーキですか?」  あなたが望むのはどんなものだろうと囁くルイの声は小さく、どこか掠れていて、穏やかな眠りを誘う。アシェルもウトウトと瞬きを繰り返しながら耳を傾け、ボンヤリとした思考でそれらを想像した。  オモチャはきっとエルピスが喜ぶだろうが、絹の衣には興味がないな。でもケーキは、ちょっと食べたい気もする。 「いつか……」  ボンヤリと脳裏に浮かぶもの。まるで幼き日に読んでもらった絵本の世界に夢見るような、そんな現実味のない、素敵なもの。 「広い緑の世界を馬で駆けて、花の咲く場所でゆっくりとお茶を飲みたい」  もっとも、アシェルは馬に乗れないから現実には無理な話ではあるけれど。  でも眠る前の妄想くらいは良いだろう。  クツリクツリと静かに笑うアシェルを腕に感じながら、ルイは良いですねと頷いた。 「じゃぁ、そこには私の愛馬に乗って行きましょう。アシェルは私の前に乗って、身を預けるだけで大丈夫です。そうですね……、いつか北の別荘に行きましょう。あの別荘は森に近く、花々が咲き誇って、ロランヴィエルの別荘の中で一番美しいのです。そこで軽食と紅茶を用意して、一緒に馬で駆けて、花々の中で一緒にお茶をしましょう。青空の下、一緒に食べるサンドイッチや紅茶は、きっといつも以上に美味しいでしょうね」  あぁ、それはなんて素敵なのだろう。ルイの語る世界はとても優しくて、光あふれていて、とても温かそうだ。けれど――、 「そうだな……」  きっとその日は来ない。  胸の内で呟いて、アシェルは抗うことなくゆっくりと瞼を閉じた。

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