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第213話
「馬車のご用意はできておりますが、いかがいたしましょう。お疲れでしたら、少しお休みになってから出発することも可能でございますが」
アシェルの装いに汚れなどがないか細かく確認しつつ問いかけるエリクに、アシェルはチラと窓の外に視線を向けた。空は青く、暖かな日の光が降り注いでいる。晴天と呼ぶにふさわしいそれに、アシェルはエリクを見る。
「いや、大丈夫だ。むしろ今のうちに行った方が良いかもしれない」
早めに行って、花を手向け祈りを捧げよう。車椅子を動かそうと手を伸ばせば、それをやんわりと遮ってエリクがゆっくりと押す。優秀な執事はアシェルに一切の負担をかけることなく移動し、馬車に乗せて自らもアシェルの前に座った。トントンとエリクが合図をだすと、相変わらず振動をあまり感じさせない動きで馬車が走り出す。アシェルは馬車の窓から流れる景色をボンヤリと眺めた。
城下町を行き交う人々は貴族の屋敷が近くに多いからか、馬車の往来にも慣れており家族や友人と会話をしながら避けて歩いていく。可愛らしい店が並び、楽しそうなざわめきが耳に心地いい。そんな人々の営みを見つめていれば、すぐに貴族が多く眠る墓地へとたどり着いた。エリクがゆっくりとアシェルを車椅子に座らせ、用意していたのだろう花束を手渡す。
ゆっくりと車椅子を押すエリクに甘えて身を任せていれば、彼は迷いもなく母・ミシェルの墓に向かった。
「では、私は控えております」
母と話したいこともあるだろうと気を利かせてくれたのか、エリクは一礼してから呼べば聞こえるギリギリの場所まで下がった。普通の音量で話す分には、彼には何も聞こえないだろう。
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