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第214話
「……お母さま」
手にした真白なユリの花束を捧げて、アシェルは物言いわぬ墓碑を見つめる。どこか物悲しい風が吹いて白い前髪を揺らした。
「お母さま、お母さまは今も見守ってくださっているのでしょうか。フィアナは素敵な女性に成長して、立派な王妃殿下になったでしょう? 陛下も、フィアナのことを大切にしてくださっています。とても、とても幸せそうです」
久しぶりに訪れたこの場所で、母に話すことは何故だかフィアナの事ばかりだ。自分こそ大きな変化が幾つも幾つもあったはずなのに、アシェルはそれらの何一つとして口にしない。ただひたすらに、フィアナの話をし続けた。
「どうかこれからも、フィアナを見守ってあげてくださいね」
どうか、と瞼を閉じ手を合わせ祈る。しばらく祈っていれば、遠くで馬の嘶きが聞こえ顔を上げた。振り返れば、離れた場所に停まる馬車から降りてくる黒いドレスを纏ったフィアナと、正装の軍服を身につけたルイが見えた。流石にお忍びであっても護衛は必要であるからか、馬車の周りには数人の近衛兵がいる。しかし彼らは一様に普段の隊服を身にまとっているようだ。
「王妃殿下」
近づいてくるフィアナに、アシェルは頭を垂れる。その姿にムスリとしながらもフィアナはアシェルの前に立って優しく抱きしめると、兄の頬に唇を近づけて挨拶をした。
「公務ではなく、私用で来たのですもの。ここにいる私は王妃ではなく、お母さまの娘でお兄さまの妹である、ただのフィアナですわ」
もっとも、フィアナにとっては公の場でない限り常にアシェルの妹であるつもりだ。ウィリアムもジーノも、メリッサですらフィアナを妹として扱うというのに、どうにもすぐ上の兄だけは父に似て頑固だ。人目があるところではフィアナが許さない限り絶対に臣下の礼を崩さない。
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