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第227話

※残酷描写あり  クルクル、クルクルと、舞踏会では定番のダンスを幾つか踊る。どうやらドレスに不具合はないようだとアシェルがホッと息をついて微笑んでいれば、いつの間にかどんよりと曇っていた空からポツリと大粒の雫が落ちてきた。あ、っと思った時にはすでに遅く、ザァザァと音を立てて雨が降り注いでいる。急なそれにダンスの足を止めて、二人は空を見た。 「お兄さま……」  ギュッ、とフィアナの手がアシェルの袖を握る。それに微笑んで、アシェルは安心させるようにフィアナの背をポンポンと撫でた。 「大丈夫だよ。せっかくのドレスが汚れては駄目だから、ここで雨宿りしていよう。雨がやんだら、じぃを呼んでドレスが汚れないように屋敷に戻ろうか」  幸いにこのガゼボから屋敷までは敷石で道が作られている。ドレスを手で少し持ち上げて水はねさえ気をつければ汚れることもないだろう。  不安そうに顔を曇らせるフィアナの気晴らしになるようにと、アシェルは再び手を差し出す。それに微笑んだフィアナがドレスを摘まんでアシェルの手をとった時、遠くから甲高い悲鳴が聞こえた。カチャリ、とこのガゼボまで聞こえるはずのない金具の擦れる音がアシェルの耳に届く。フィアナの手をとりながら顔を上げたアシェルの目に、母の部屋の窓が大きく開かれるのが見えた。  ザァザァと強くなるばかりの雨音が辺りを支配する。幾度も部屋を振り返りながら濡れるのも構わずに母がバルコニーに出た。何かを叫んでいる。嫌な予感がする。何かから逃れるように欄干を握っている母の姿に思わずアシェルが前に足を踏み出した瞬間、母は泣き叫びながら躊躇うことなく欄干に乗り上げ、そして―― 「ッッ――!!」  それは咄嗟の事だった。嫌にゆっくりと落ちる姿に、アシェルはフィアナの腕を引いて強く強く抱きしめる。何も見えないようにと胸に抱え込まれたフィアナは突然のことに兄の名を呼ぶが、アシェルはそれに応えることなく、手でフィアナの耳すらも塞いだ。  地に叩きつけられた母の姿。切り裂くような悲鳴。なぜか感じる錆びた鉄の臭い。ザァザァと降り続く、すべてを奪う雨。  アシェルの目に慌てふためく使用人の姿は見えている。奥様ッ、と母を呼ぶ叫びもまた。けれどアシェルの視界は固まったまま動くことはなく、ザァザァと降り続く雨の音だけが響いていた。

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