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第260話
「資金援助はお断りします。アシェルにも出させるつもりはありません。もうじき雨季がやってきますから、資金を集める時間は充分にできるでしょう。そちらの面子もあるでしょうからパーティーをされるのであれば出席はしますが、それ以外のお付き合いは遠慮させていただきます」
「公爵様ッ!」
「私は、領民を含め民と自らを区別しようと思ったことはありません。見下そうとしたこともない。我々貴族は、確かに特別です。ですが、その〝特別〟は、ノーウォルト侯爵が思っているものではありません」
ウィリアムはなんとか考え直してもらおうと焦り、縋るように立ち上がるが、彼は虚栄に身を預ける貴族だ。最高位である公爵で、前線で戦う連隊長のルイの眼差しに怖気づき近づくこともできない。何か言いたそうにしながらも棒立ちするしかできないウィリアムから視線を外し、振り返ることなくルイは部屋を出た。あとはベリエルに任せていれば問題ないだろうとアシェルの元へ向かう。
「旦那様」
アシェルの部屋に入れば、エリクや医師のモルアが立ち上がりルイを迎える。アシェルはまだ寝台でグッスリ眠っているようであるが、診察は終わったようだ。
「アシェルの様子は?」
寝台に腰かけ、アシェルの真白な髪を撫でながら問いかける。モルアは浮かない顔をして小さく首を横に振った。
「今は落ち着いておられますが、近頃のご様子をみるに少しずつではあるものの進行はしているでしょう。旦那様が手配された薬は最高峰のものですが、それでも進行を止めることはできないようです。もちろん、薬を飲まなければもっと早く進行していたでしょうから、これからも飲み続ける必要はあるでしょう。しかし……」
言い淀むモルアに、静かに視線を向ける。彼は視線を彷徨わせ、己の無力を悔やむかのように瞼を閉ざした。
「もう間もなく、雨季がやってきます。この雨季を乗り切ることができるか、私には断言できません。もちろん、全力は尽くしますが」
ヒュトゥスレイを患う者にとって雨季ほど恐ろしいものはないだろう。覚悟していた言葉ではあるが、その事実はルイの中に重く沈んでいく。
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