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第261話
「わかった。私もできるだけ屋敷にいられるようにしよう。幸い、雨季の間は第一連隊の軍務も少なくなる。お前たちも、何があっても対処ができるよう準備しておいてくれ」
全員下がるように命じ、扉が閉まる音を聞いてルイはアシェルの手を持ち、祈るように額をつけた。
「……あなたにこれ以上を望むのは酷なことだとわかってはいますが、それでも、それでも、もう少しだけ頑張ってください。必ず道は開けますから」
きっと吉報が届く。それはもうすぐそこだとルイは信じて止まない。だってそうでなければ、報われないではないか。
「やっとあなたが、あなた自身の人生を歩むことができる時が来たのですよ? あなたが望むまま、その信念を貫くことができる日が来たのです」
ルイの脳裏に焼け付いて離れない記憶がある。ラージェンと、既に城で生活していたフィアナの遊び相手としていつものように呼び出されたあの日のことを。
王家と血の繋がりがある公爵の息子というだけで、ルイは勝手に王子の遊び相手として選ばれ二日に一回は城へ行かなければならなかった。人の目から逃れ、自室に独りいる時が一番心安らかになれるルイにとってそれは苦痛以外の何ものでもなかったが、父親にすら逆らえない無力な子供に王命を逆らえるはずもない。唯一の救いはラージェンも、途中から加わった未来の王子妃であるフィアナもルイに対して穏やかで、目深に被っているフードに何も言わなかったことであろうか。
ラージェン達と共に勉強し、あるいはダンスの稽古をして、そして空いた僅かの時間でお茶をしたり庭で遊んだりする。それもいずれ弟が産まれれば不要とばかりに切り捨てられて無くなるのだろうと、荒んだ心は大人のすべてを馬鹿にし、鼻で嗤った。
そんなことを淡々と繰り返していたあの日、ラージェン達と別れ、帰宅するために城を独りで歩いている時、ルイは微かに言い争うような声を聞いた。すでに文官たちが行き交う区域に入っていた為ありえないことではなかったが、それでも珍しいそれに――聞き覚えのあるその声に、ルイはフードを目深にかぶり、柱や物陰に隠れながら声に近づく。城の端にあるこぢんまりとして人通りのない、忘れ去られたような庭にある人影を見て、驚きのあまり目を見開いた。
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