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第262話

 どこか高圧的な雰囲気を出しながら諫めようとしているウィリアムに、あの優しかったアシェルが目を吊り上げて怒っていたのだ。言い争う言葉を聞くに、どうやらウィリアムはメリッサのドレスの支払いが追い付かないため、フィアナを言いくるめてお金を出させようとしていたらしい。その日はフィアナがウキウキとしながら〝夕方からお兄さまが会いに来てくださるの〟と話していた。フィアナの言う〝お兄さま〟はアシェル以外にはありえない。おそらくフィアナに会いに来て偶然ウィリアムと出会い、兄が純粋に妹を想って会いに来ることなどないと勘付いたアシェルがここまで連れてきて問い詰めているのだろう。  貴族であるならば力が欲しかった。そうルイに言ったアシェルだ。幼いフィアナを利用して国の金を使おうとする兄を見て、貴族としての矜持が許さなかったのだろう。たとえ継ぐことが無かったとしても、彼は誇り高き侯爵の令息なのだから。  そんな風に、アシェルを目で追いながらも擦れたことを考えていたルイの耳に、その叫びは鮮明に、強烈に響き渡った。 〝貴族であることを誇るというのならば、民の金で豪華な衣装を纏い踊り歌い飲み食いして煌びやかな世界に住まうことを誇るのではなく、自らの判断ひとつで幾千万の民を救うことができるのだということを誇るべきです!〟  だというのに、次期王妃を利用して自らの懐を潤そうなどと言語道断!  顔を上げ、真っ直ぐに兄を見て言いきったその姿を、ルイは一生忘れることはないだろう。彼が以前ルイに言った〝貴族の力〟を、ずっと勘違いし失望さえしたけれど、彼は――アシェルは、正しく〝誇り高い貴族〟だった。この言葉を聞いた今なら、アシェルがなぜ力が欲しかったと言ったのか理解できるだろう。同時に、今の己の姿が酷く卑屈に思えた。  悪魔と言われることを嫌がり、恐れ、人々から隠れるように生きてきた。嫌なのだと子供ながらに抵抗を示すようにフードを被り、どうせ継母に男児が産まれたら自分は本当の意味でいらない存在になるのだからと投げやりに生き、この世の中のすべてを嗤っていた。アシェルが望んだ以上の地位と力を今はまだ持っているというのに、ルイは最初から諦め、貴族とはどうあるべきかなどと考えたこともなかった。思わず、フードの端を握る。  自分に彼を失望する資格などなかった。

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