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第268話
渡されたプリンをゆっくりと口に含めば、もっと、もっとと身体が訴える。その衝動に逆らうこともできず無心でプリンを食べていれば、トン、と軽い衝撃がアシェルの腿に触れた。
「…………」
すっかり無くなってしまったプリンを手に持ったまま視線を下げる。そこには柔らかな茶色のネコがキラキラとした瞳をアシェルに向けていた。
(フィアナみたい……)
その茶色の毛がフィアナの髪の色にそっくりだ。そんなことを考えていれば、ネコは何かを催促するように前足をあげてペシペシとアシェルの腿を叩く。
「これは食べられませんよ」
そんなにおねだりしてもダメだ、とルイが柔らかな口調で言えば、ネコは言葉を理解しているのか、不貞腐れたような顔をしてウニャァー、と低い声で鳴いている。それがなんだかとても可愛くて、ほんの少しすべての痛みを忘れたかのようだった。
「おいで」
プリンの器をエリクの持つ盆に返し、その柔らかで小さな身体を抱き上げる。ネコはさきほどまでの不貞腐れた顔を即座に捨てて、待っていましたとばかりに満面の笑みでアシェルの胸に頭を擦りつけた。その小さな頭を撫でていれば、首に巻かれたリボンの端が触れる。よく見れば、リボンの端に金色の糸で刺繍が施されていた。ゆっくりと、指の腹でそれをなぞる。
〝エルピス〟
リボンが首輪代わりだとするのなら、エルピスとはこのネコの名前だろうか。
「エル、ピス……?」
恐る恐る口にすれば、ネコの小さな耳がピクピクと震え嬉しそうに甘い声で鳴いた。どうやら間違っていなかったらしい。
「エルピス……」
可愛い子だ。胸に頭をすり寄せるこの子にもっと構ってやりたいが、その柔らかな温もりと少し治まった頭痛に瞼が重くてしかたがない。コクン、コクンと無意識に頭が揺れ動く。そんなアシェルをルイが抱き寄せ、ポンポンと優しく背を撫でた。
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