295 / 310

第295話

「だが、あの子はやり遂げ、褒美として陛下より婚姻の許可を貰いました。今では領民が慕う公爵で、兵がこぞって命を預けて良いと言い切る連隊長です。弱く、逃げてばかりだった息子はどこにもいません。何がそうさせるのかと思わず零した私に、あの子は一片の迷いもなく言いきりました。アシェル殿が自分の光であるからだ、と」  あの瞬間にリゼルは悟った。今のルイはロランヴィエルの誇りだ。誰もが焦がれ、慕い、認める公爵。だがそのルイを導いたのは、リゼルでもロランヴィエルでもなく、息子と同じ小さな子供であったはずのアシェルであるのだということを。 「息子とアシェル殿にどのような繋がりがあったのか、私にはわかりません。息子はそれを私に言おうとはしませんから。だが少なくとも、私やロランヴィエルが成せなかったものをアシェル殿は成し、ルイを今の場所まで引き上げてくれました。それをわかってなお、アシェル殿は駄目だ、とは言えませんでした」  アシェルがいなければ、もしかしたらルイは今もフードを被って髪と瞳を隠し、社交界から逃げ、人々の視線から逃げ、公爵足りえなかったかもしれない。結局リゼルにはルイ以外に子供ができることはなく、そうなればロランヴィエルは今のノーウォルトよりも悲惨な状態になっていたことだろう。血だけでは貴族足りえず、領主足りえないのだから。 「王妃殿下、ルイはあらゆるものが母親に似ています。だが、その頑固さと譲らない性格は私に似ました。だからこそ、私は反対した。その先にある未来を知っていたからです。ですが、私は失念していました。息子は息子であって、私ではないのだと」  リゼルが愛した妻はルイの母親ただ一人。周囲の反対を押し切って結婚し、彼女はすぐに儚くなってしまった。あれからずっと、リゼルは後悔している。  唯一愛した女性は、一人息子の行く末を心配しながら儚くなった。周囲に言われて娶った次の妻は、夫の心を得られず、子も得られず、先妻の子を疎み憎んで、流行り病でこの世を去った。どちらの妻にも、リゼルは幸せを与えてあげることができなかった。そして残った愛しい人の忘れ形見さえ、どう愛して良いかわからず距離を取った。それが息子をどれほど傷つけるかもこの歳になるまで気づかずに。  公爵としてはそれなりにできていたかもしれない。だが、夫として、父としては何一つ成せず、責任も果たせない不出来な者であった。それがわかっているからこそ、皮肉にも同じ道を歩もうとしている息子を全力で止めた。嫌われても良い、これが自分にできる父としての役目だと信じていた。だが、それは浅はかな考えでしかなかったと今になってわかる。

ともだちにシェアしよう!